こんなシーンがあった。

 

 5月4日の巨人戦である。カープの先発は野村祐輔。5-0と快調にリードして迎えた5回裏。2死二、三塁のピンチを招いて、打席には坂本勇人を迎える。今年は好調である。2点タイムリーを打たれる可能性は十分にある。

 

 この日の捕手は石原慶幸だった。

 

1、外角高め ストレート

2、カーブ(高めから大きく曲がり落ちる)坂本、強振してファウル。

3、内角低め ツーシーム? シュート?

 

 ともかくインローにくいこんでいくボール。坂本、打って出るもサードゴロ。チェンジ。

 

 新井貴浩の2000本安打達成が迫っている頃、選手、スタッフが背中に「まさかあのアライさんが…。」とプリントされたお揃いのTシャツを着て球場入りしたことが話題になった。それをもじって言うなら、「まさかあの石原さんが…」と言いたくなる。これまで石原のリードは基本的に外角低目を中心とするものだったはずだ。こういうピンチの場面で、インコースの高目から中へ大きく曲がり落ちるカーブ(コースは偶然かもしれないが)のあと、インローで打ちとるとは、すばらしい。

 

 ちなみに、これは坂本に対するチームとしての戦略ではない(おそらく)。なぜなら、翌5日の巨人戦では、こんなシーンがあったのだ。カープの先発は九里亜蓮。0-0のまま進んだ6回裏のことだ。2死三塁となって、迎える打者は同じく坂本。この日の捕手は會澤翼である。

 

1、内角高めに抜けるボール シュート? 坂本、大きくのけぞってよける。

2、外角低め ストレート

3、外角高め ストレート

4、外角低め ストレート(大きくはずす)

5、外角低め(に構えて真ん中付近に入る) スライダー ファウル! 命拾い。

6、外角低め カットボール

7、(九里、首を振って)外角低め スライダー

8、外角低め ストレート 三遊間タイムリー。

 

 8球目のストレートは、たしかに甘く入った。それにしても、2球目から8球目まで、すなわち7球続けて、會澤はすべてに、さも当然のようにサインを出すと右足を一歩右に踏み出してアウトローに構えた。結果も含めて、前日の石原とあまりにも好対照である。

 

 いや、會澤を批判しようというのではない。逆である。さも当然といわんばかりに7球続けるかどうかは別として、石原も、これまで基本的には5日の會澤のように外角低めを中心に構える捕手だった。

 

 なんとなく石原が変わってきたのは(印象だけでいえば)おそらく、昨年の後半くらいからではないだろうか。

 

 以下は勝手な想像にすぎない。私は、石原の変化を生み出したのは黒田博樹とクリス・ジョンソンだと思う。去年から今に至るまで、ジョンソンの全ての先発は、捕手・石原である。黒田も、去年のシーズン当初は會澤だったが、後半から今季にかけては、ずっと石原である。

 

 この2人の投手はもちろん外角にも勝負球を投げるが、基本姿勢として右打者のインコースを攻める。この投球スタイルが、捕手・石原の成長をうながした、というのが私の見方だ。今季の黒田の登板では、たしかピンチで4連続インローを攻めて打ちとったというシーンまであったと記憶する(目を剥いて見守ったのだが、どの試合だったか思い出せない。もし、記憶違いだったらごめんなさい)。

 

 だけどね。石原は36歳。會澤は28歳である。石原の打率はせいぜい2割そこそこだろう。會澤は常時出場すれば、2割6分~7分、10本塁打は打てる。

 

 先日、不振の続く福井優也の登板では、いつもの會澤ではなく、磯村嘉孝が捕手を務めた。今季の福井の不振の要因は、捕手よりも福井のボール自体にあると私は思いますが。

 

 たまには、黒田やジョンソンのときに、會澤と組ませてみたらどうなのだろう。黒田は去年の復帰会見のとき、たしか「捕手を選んだりはしない」と言っていましたよね。「倉(義和)が硬いミットで来たら、それはもう(笑)」と昔の因縁を持ち出して、笑いをとっていたけれど。

 

 もちろん、會澤より磯村のほうが打てる、というのがチームの判断なら、磯村でいいかもしれない。個人的には、會澤のほうが打力があると感じますが。

 

 ともかく打てる捕手を育てることは、単に今季を勝ち抜くためだけでなく、チーム編成の長期的な戦略のうえでも、重要な課題である。

 

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)


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