(写真:ツール・ド・フランスを走る新城幸也選手 (c) Yuzuru Sunada)

 時にプロアスリートの決意や言葉に驚き、感心させられる。

 彼らとしては自身の思いを語っているだけなので、特別なことを言っているつもりではないのだろうが、聞き手にはその思いの強さに驚かされ、戸惑うことさえある。

 

 先月も、プロロードレーサーの新城幸也からこんな言葉を聞いて唸らされた。

「歩くためではなく、自転車を漕ぐためのリハビリに専念しました。歩くことに多少障がいが残ってもいい、僕はプロロードレーサーですから、漕ぐことを最優先したんです」

 

 ご存知、日本を代表するロードレーサーで、世界を舞台に活躍している彼は、2月12日にカタールのレースで落車をし、左大腿骨骨折という大怪我を負った。翌13日には緊急手術。大腿骨の折れた部分をつなぐため、長さ30センチ以上のボルトを脚に通し、支えるためのボルトも3本埋め込んだ。当然、周囲は今シーズンの復帰は厳しく、7月のツール・ド・フランス、8月のリオデジャネイロオリンピックへの出場は不可能だと思われたのだが……。

 

 術後は歩くこと、いや立つことさえままならなかった。その状態から、国立スポーツ科学センターでリハビリを開始。「ツールとオリンピックという目標は変わることはなかった」という強い意志をもってリハビリに取り組み、たった2カ月後の4月には自転車に乗る許可をもらえるまでに回復した。翌5月にはトレーニング拠点のあるタイに入り毎日、長距離を走り込んだという。その総走行距離は同時期に行われていたイタリア一周レース「ジロ・デ・イタリア」の総走行距離を上回っていたとか。そして6月4日に開催された「ツアー・オブ・ジャパン」伊豆ステージで復活優勝を遂げたのである。

 

 自転車に乗ることが最優先

 

 先のコメントは優勝直後、表彰式を待っていた際のものだ。その言葉通り、まだ歩くことは100%ではなかったが、この日は誰よりも力強いペダリングで走り抜けた。通常、日常生活の復帰が第一目標で、その後に競技への復帰を考える。通常は2段階でリハビリするのが、ケガをしたアスリートのパターン。日常生活までは戻れても、競技レベルの体の動き、筋力の回復は時間がかかることが多く、忍耐の日々が続く。

 

(写真:第6ステージでは敢闘賞を受賞する大活躍 (c) Yuzuru Sunada)

 ところが、彼は日常生活を飛び越えて、いきなり競技へのリハビリから入った。日常生活とは異なる「自転車を漕ぐ」という動きだからこそできたことかもしれない。だが、そのための「歩く」リハビリが満足にできていない。将来的に歩くことに支障が出る可能性があるとしても、競技復帰までの最短距離をとるという選択。「プロとして自転車に乗ることがファーストプライオリティ」という覚悟を明確にすることで、本人はもとより関係スタッフも覚悟ができたのだと思う。

 

 そんな彼は順調に競技復帰を果たし、現在開催されている第103回ツール・ド・フランスへの出場を果たした。多くのメンバーの中で選ばれるだけでも素晴らしいのに、今月7日に行われた第6ステージでは大逃げを打って敢闘賞を受ける大活躍を見せた。レースを見る限りではまだまだ余裕があるので、後半戦での走りに注目が集まる。

 

「漕ぐために生きる」。そんな覚悟を持つ彼が、もうひと暴れしてくれるのではないかと個人的には大いに期待している。

 

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白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。著本に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。

>>白戸太朗オフィシャルサイト>>株式会社アスロニア ホームページ
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