160712エレホタを持った2ショット(加工済み)

(写真:ボールの変遷には「歴史的経緯がある」と語る椙浦氏<左>)

 今年の夏、リオデジャネイロにてU-23代表の手倉森ジャパンはU-23ナイジェリア代表戦で初戦を迎える。リオで試合球に指定されているのがadidasの『ERREJOTA(エレホタ)』だ。adidasとライセンス契約を結んでいる(株)モルテンの椙浦正俊氏とともに進化するボールの内実に迫る。

 

 

二宮: 今回はサッカーの試合球ERREJOTAについてうかがいます。既にほかの大会でも使われていますね。

椙浦: はい。昨年のFIFAクラブワールドカップ(W杯)、2016年のFIFA主催の大会、そして今季のJリーグなどでも使用されています。

 

二宮: 黄緑と黄色のカナリア色がブラジルを連想させます。

椙浦: カラーリングを決める際はFIFAのスタッフも集まって、ボールを実際にカメラで撮影して画面で確認します。画面にボールが映った時の映り具合もチェックしているんです。

 

160712エレホタ全体(加工済み)

(写真提供:adidas)

二宮: 構造的には14年W杯ブラジル大会公式試合球の『brazuca(ブラズーカ)』と比べて、ERREJOTAは具体的にどこが進化しているのでしょう?

椙浦: ボールの表面です。表皮にはボツボツとした細かい突起形状のものがあります。ERREJOTAはこの突起物の形状を変更しています。これによりボールをキックした時、より正確にインパクトがボールに伝わるようになりました。あとは雨天時、ボールがバウンドした時の滑りを抑制できるようになりました。

 

二宮: なるほど。意識して触ってみると確かに突起物が密集していますね。

椙浦: 急激に改良を加えると選手は違和感を覚えるので、触っても「少し違うな」という程度です。今回はマイナーチェンジですが、少しずつ変更点を加えてより良いものにしようと考えています。

 

 

二宮: 以前のボールに突起はありませんでした。

椙浦: 06年ドイツ大会使用球の『+Teamgeist(チームガイスト)』などには突起はありません。通常の良好なピッチコンディションなら問題はないのですが、雨が降っていると滑るという問題がありました。突起を増やすことによって芝生を噛むようになり、滑りが抑制されました。

 

二宮: ボールの表面とスパイクの関係性もあるでしょうね。

椙浦: もちろんです。ボールを開発する上で我々が重要視しているのは“選手の使用感”です。実際に選手に蹴ってもらったりゴールキーパーに感触を確かめてもらったりします。

 

160712エレホタ表面アップ(加工済み)

(写真提供:adidas)

二宮: 選手の意見をフィードバックして開発に生かすということですね。

椙浦: 例えばですが、突起物の数や形状等の表面の加工によって、ボールとスパイクの摩擦係数が上昇しグリップ力が増します。しかし、摩擦係数を上げすぎるとスパイクとボールの接する時間が長くなり球離れが悪くなってしまうのです。

 

二宮: 今季のJリーグからERREJOTAが使用球になっています。選手の評価はどうでしょう。

椙浦: 選手からは「違和感はない」という意見をいただいています。マイナーチェンジに際して“選手に違和感がないように”と意識していたので、とても嬉しいです。

 

ボールのブレを抑制する

 

二宮: 昔のサッカーボールは五角形と六角形の組み合わせでした。近年は様々な形の革でボールが作られていますね。

椙浦: 我々はこの革の1つ1つを“パネル”と呼んでいます。ERREJOTAは前モデルのbrazucaと同じ形のパネルです。パネルの枚数も前回と同じ6枚です。

 

二宮: このパネルの形はとてもユニークですよね。

椙浦: 「ヒトデのような形だね」と言われます(笑)。従来のボールは五角形のパネルを12枚、六角形のパネルを20枚、合計で32枚のパネルを使っていました。W杯でいえば1970年メキシコ大会から2002年日韓大会まで五角形と六角形のパネルでボールが作られていました。

 

160715椙浦様ワンショット(加工済み)

(写真:「縫い目の深さがコンマ何ミリ違うだけでボールの安定性は変わる」と語る椙浦氏)

二宮: 大きく変わったのは2006年ドイツW杯からですか。

椙浦: はい。ドイツW杯からパネルを14枚に減少させて形状もプロペラ型を取り入れました。2010年南アフリカW杯では8枚の流線形パネルの構造にしました。ただ、このモデルは大会時に予想以上にキックがブレるとのフィードバックがありました。

 

二宮: 現在の6枚の同形パネル構造に変更することでブレは改善されたのでしょうか?

椙浦: 空力データを測る風洞実験を行いました。その測定結果から横にブレる力、縦にブレる力が抑えられていることがわかりました。

 

二宮: 空気抵抗の面でも同じ形のパネルを使うことで、選手が狙ったところにボールをコントロールしやすくなったのでしょうか。

椙浦: それは検証結果からも間違いなく言えることです。「ボールが安定するようになった」との声を選手からたくさんいただいています。

 

二宮: キッカーのボールの精度が高まると、ゴールキーパーにはどう影響が出るのでしょう?

椙浦: 傾向としては、キック精度が高まるということは守りづらいのかなと思います。ですが、ボールの“ブレ”は狙ったところにいかない、精度の低い不確実なものなので抑制したいポイントです。

 

手縫いから“サーマルボンディング”へ

 

二宮: パネルの数の他にサッカーボールの歴史で大きく変化したことはありますか?

椙浦: 2002年日韓W杯までのボールは手縫いでした。2006年ドイツW杯以降のボールは「サーマルボンディング」という熱接合に変わりました。また材質も1980年代頃迄は牛革を使っていましたが、現在はポリウレタンの合成皮革に変更しました。

 

二宮: 手縫いからサーマルボンディングに製法を変えた意図は?

椙浦: キック精度の向上の為です。現在、FIFAが定めるボールの規格は円周が68.5センチから69.5センチ。重量は420グラムから445グラムです。手縫いで作ると全く同じ重量、同じサイズに揃えるのが難しい。

 

二宮: FIFAの規定では重さに関して25グラムの許容範囲がありますね。

椙浦: 国際規格は2種類あり、緩やかな規格では40グラム迄の誤差であれば認定されます。ただ、国際試合で9球、Jリーグでは1試合7球使用します。40グラムの誤差というと、ボール重量の約1割ということになります。そこまで重さが違うボールが混在していると、選手はボールを蹴った時の感覚が全く違ってしまいます。

 

160715二人の対談風景(加工済み)

(写真:「2006年以降、中長距離からの得点が増えた」と語る椙浦氏<右>)

二宮: 確かに合成皮革を使い、サーマルボンディングにすれば改善できそうですね。

椙浦: はい。あと昔のボールは雨の影響で重たくなりやすかった。今は合成皮革を使い、熱で接合しているので縫い目から水を吸う事はありません。

 

二宮: 吸水のテストは、どうやってされるのでしょうか。

椙浦: 水の入った桶にボールを入れます。その中で角度を変えながら250回ほどボールを押すんです。

 

二宮: 250回も! それも手作業でですか?

椙浦: 専用の機械があります。他にも6つくらいの検査項目があります。

 

二宮: そのテストを通過しないと市場に出せない?

椙浦: はい。FIFA公認マークが印刷されているボールはすべて規格テストに合格しているものです。

 

二宮: サッカーの試合にボールが与える影響は大きいですからね。

椙浦: 1990年イタリアW杯の後、ボールに限らず「もう少し試合に動きがある方がいいのでは」という議論はありました。

 

二宮: イタリアW杯はあまり点が入らなかった大会でした。1試合当たりの平均得点数も過去のW杯の中で最低の約2.2点でした。

椙浦: そうなんですよ。例えばボールだけでなくスパイクにしても「キックのスピードが上がるように」との狙いでプレデターというスパイクが開発されました。キックのスピードが上がれば、パススピードも上がり、試合展開がスピーディーになる。ゴールも決まりやすくなるかもしれない。とはいえ、近年のフットボールはコンパクトな展開になってきて状況が変わってきました。スパイクもより現代プレーヤーのニーズにもとづき、異次元のスピードを発揮するためのエックスや、高精度のボールコントロールを追及したエースなどのシリーズへと進化を遂げています。一概にたくさん点が入ればいいという訳ではなくなっていますね。

 

二宮: 1つの大会が終わるごとに内容を分析し、ボールやスパイクの開発に役立てているわけですね。

椙浦: そうですね。徹底的に検証します。その中で試合球が試合にどういう影響を与えたかを結論付けます。次の2018年ロシアW杯に向けて最高のボールを提供したいと考えています。

 

(構成・写真/大木雄貴)


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