17日(日本時間18日)、レスリングの女子フリースタイル3階級での優勝者が決まった。58キロ級は伊調馨(ALSOK)、48キロ級は登坂絵莉(東新住建)、69キロ級は土性沙羅(至学館大)が金メダルを獲得した。伊調は4連覇(63キロ級3回)を達成し、女子の個人種目では史上初の快挙を成し遂げた。登坂と土性は初出場で五輪を制した。

 

  母へ捧げる涙のV4

 

「最後はお母さんが助けてくれたと思います」

 神懸かり的な大逆転劇で、伊調は2年前に亡くなった母へ金メダルを捧げた。女子としては前人未到のV4である。

 

 リオデジャネイロへと旅立つ前、伊調はこう語っていた。

「4連覇を意識せずに自分のレスリングをすることだけを集中して戦えば、金メダルは手に入る」

 自らのレスリングを貫けば、勝利はついてくる。何度も白星を掴んできた経験に裏付けされた自信が彼女にはあった。

 

 4連覇への道程は順風満帆に映った。伊調は初戦(2回戦)で10ポイント差をつけて勝負を決めるテクニカルフォール勝ち。3回戦は3-1の判定勝ちだったが、危なげなかった。準決勝は早々に2-0のリードを奪うと、相手の攻撃を冷静にいなしながらカウンターからバックを取った。そのまま相手を転がして続け、テクニカルフォール。2分20秒でカタをつけた。

 

 決勝はワレリア・コブロワゾロボワ(ロシア)との対戦となった。世界ランキングは伊調に次ぐ2位。2年前の世界選手権でも優勝を争った相手である。百戦錬磨の伊調といえど決して侮れない。

 

 第1ピリオドに先制したのは伊調だった。このまま優位に試合を進めるかと思ったが、伊調は浅いタックルを仕掛けた直後に狙われる。バックを取られて逆転を許した。1-2のままピリオドは終了した。

 

 伊調はカウンター狙いのコブロワゾロボワを攻め続ける。なかなかポイントを奪えぬまま、時間だけが過ぎていった。試合が動いたのは残り1分30秒。タックルを仕掛け合ったがどちらにもポイントは入らない。残り30秒だった。コブロワゾロボワが伊調の足をとってタックルを決めようとする。「最後のチャンス。ここしかない」。伊調は踏ん張ってグラウンドの体勢に持ち込む。あとは冷静に相手の腕から足を抜くだけだった。残り数秒でバックを取って、3-2と逆転した。

 

 伊調はアテネ五輪からの63キロ級3連覇に続き、58キロ級も制しての4連覇だ。「1大会1大会で思いはあった。思いも背負うものも増えたのですが、たくさんの人が勇気をくれた」。薄氷を踏むような勝利に「内容があまり良くなかった。たくさんの人に喜んでいただきましたが、もっといい試合をしたかった」と反省することも忘れなかった。

 

 試合後にはマットに頭を付けた。「リオを区切りとして考えていたので、マットに感謝をしました」。世界選手権を10度、五輪を3度制している絶対女王も、14度目の世界一はひときわ重いものだった。クールな伊調もこの時ばかりは目を潤ませていた。

 

 掴んで離さなかった金メダル

 

「もうここしかない。これで取れなかった後悔する」。掴んで離さなかった足は、彼女にとっての唯一の勝機だった。登坂はそのまま倒してバックを取り、逆転勝ちで金メダルを決めた。

 

 世界選手権3連覇中の登坂だが、世界ランキングは3位。上には1位のマリア・スタドニク(アゼルバイジャン)、2位の孫亜楠(中国)がいた。初出場の五輪で頂点に立つためには、避けては通れない存在だ。

 

 22歳の登坂は2回戦、準々決勝と順当に勝ち上がった。迎えた準決勝は孫亜楠と対戦した。13年の世界選手権51キロ級金メダリスト。今年2月のアジア選手権では敗れている。リベンジを果たして、決勝へと進みたいところである。

 

 第1ピリオドは孫亜楠にバックを取られ、2ポイントを先制された。追いかける展開となった登坂だが、慌てない。第2ピリオドに入ってタックルからバックを取って、追いついた。そのままの流れでアンクルホールド。ローリングを狙い、3回相手をマット上で回転させた。残り時間を逃げ切り、8-3の判定でメダル獲得を確定してみせた。

 

 決勝は戦前の予想通りスタドニクと対峙した。北京五輪は銅、ロンドン五輪では小原日登美に敗れて銀メダルを手にしている。昨年の世界選手権でも登坂に終了間際の逆転負けを喫しており、雪辱に燃えているはずだ。

 

 気合十分のスタドニクは登坂の首を狙い、距離を作る。1分4秒では登坂を場外に押し出して、1ポイントを先制する。登坂も反撃を試みようとするがなかなかスキを見せないスタドニクに手を焼いた。

 

 第2ピリオドに入って、試合は動く。レフェリーから登坂が消極的姿勢と取られ、アクティビティタイムを宣告される。30秒以内に登坂がポイントを取らなければ、相手に1点を与えられる。登坂はチャンスを窺ったが、ポイントは奪えなかった。試合時間は残り2分で0-2となった。今度は逃げ切りの姿勢となったスタドニクにアクティビティタイム。登坂が得点を許さず、1点差に詰め寄った。

 

 残り時間は1分を切る。“昨年の二の舞は御免だ”とばかりにスタドニクも気を緩めることはない。それでも登坂は積極的に攻め続けた。残り13秒でスタドニクの足を掴んだ。ここでスタドニクも倒されまいと踏ん張ったが、登坂は食らいついた。粘りに粘って、スタドニクを倒すとバックを取った。スコアは3-2と逆転。土壇場での大逆転勝利で金メダルを手にした。

 

 今大会女子レスリング最初の金メダリストとなった。将来のエース候補が日本に勢いをつけた。

 

 チームの流れに乗った初の世界一

 

 3人のうち最後に決勝戦を迎えた土性は、先輩2人の逆転劇を見守っていた。「馨さん、絵莉さんが最後まで諦めていなかったのを見ていたので、絶対に諦めずにやろうと決めていました」。その言葉通り、試合終了まで闘争心を切らさなかった。

 

 五輪は初出場。世界選手権でも優勝がない世界ランキング5位の土性は1回戦からスタートした。13年の世界選手権67キロ級女王を相手に10-2で判定勝ち。2回戦はテクニカルフォール勝ち、準々決勝では7-2の判定勝ちを収めて準決勝へとコマを進めた。

 

 準決勝は世界ランキング3位のアンナイエンニュ・フランソン(スウェーデン)に2点を先制される苦しい展開で始まった。それでも残り時間わずかでバックを取って同点に追いつく。このままだと得点内容の差で土性の決勝進出が決まるため、フランソンも焦って突っ込んでくる。その力を巧く利用して相手を投げた。4点を加えて勝利を決定づけた。

 

 決勝はロンドン五輪で72キロ級金メダリストのナタリア・ボロベワ(ロシア)。世界ランキング1位で昨年の世界選手権で69キロ級を制している。土性は14年の世界選手権準決勝で勝っているとはいえ、決して与しやすいというわけではないだろう。

 

 元最重量級だけあってパワーは十分。土性の腕を取って圧力を与え続けた。土性はアクティビティタイムからの失点で0-2とリードを許した。攻めるしかない土性はスキを突かれバックを取られそうになるも切り返す。逆に相手を押し倒し、2ポイントを奪った。ビッグポイント(1回の得点が大きい方)が優先されるため、実質的な逆転。相手の反撃も最後まで凌ぎ切って、初優勝を手にした。

 

 女子レスリングはロンドン五輪から2階級増えて、今大会から全6階級となった。前半の3階級で金メダル。獲得数でロンドン五輪に早くも並んだ。

 

(文/杉浦泰介)