三冠王を3度獲得した落合博満には2人の打撃の師匠がいた。ひとりは以前も紹介したロッテ時代の先輩・土肥健二である(>>落合博満、神主打法の師匠 〜土肥健二インタビュー〜)。そして、もうひとりが同じく元ロッテの左打者、得津高宏だ。なぜ落合は左打者の得津をお手本にしたのか。自著『なんと言われようとオレ流さ』(講談社)のなかで、彼は<左バッター特有のうまいボールの捕え方をしていた>とその理由を明かしている。得津はPL学園高、クラレ岡山を経て、1967年に1次ドラフト6位でロッテの前身である東京オリオンズに入団。やわらかいフォームでヒットを広角に打ち分けた。引退後はロッテで延べ8年間に渡って打撃コーチなどを務めている。二宮清純が打撃のコツを訊いた。
二宮: 得津さんは生涯で3482打席に立って、三振はわずかに147個。非常にバットコントロールの巧さが光る打者でした。
得津: なぜか分からないけど、空振りできなかった(笑)。どこのコースにボールが来ても、ポーン、ポーンとバットを当ててしまう。空振りしたくてもできないというのは、かえってツライものですよ(苦笑)。

二宮: あの“打撃の職人”榎本喜八さんともプロ入りから5年間、一緒にプレーしています。榎本さんから受けた影響は?
得津: 榎本さんは僕とは違って引っ張り専門の打者でした。僕の理想は左中間方向への打球。これは当時の打撃コーチ、矢頭高雄さんから教わったものです。矢頭さんからは口を酸っぱくして言われました。「オマエ、一、二塁間を抜く当たりはスランプの前兆なんだぞ」って。時計で言えば、投手方向を12時にした時、左打者は引っ張って3時方向に打っちゃいけない。10〜11時方向に打つのが一番いいとアドバイスを受けました。だから僕は打席に立つと、常にショートの頭上を破る打球を意識していました。

二宮: タイプが正反対だったわけですね。
得津: 一度、榎本さんに怒られたことがあります。西宮球場のレフトポール際にホームランを打った時です。ベンチに返ってくるなり、「あれはインチキホームランだ」と……(笑)。
 確かに打球方向は違っていましたが、アベレージヒッターという点では共通項がありました。打球方向が違ったのは、ボールを叩く位置が違ったからでしょう。榎本さんがボールの外側を叩くのに対し、僕は内側を狙っていましたから。

二宮: ロッテ時代、矢頭さんの他に影響を受けたコーチは?
得津: 徳武定祐さんですね。この人にもいろいろなことを教わりました。たとえばグリップの握り方。徳武さんはバットを構えた時、そのままバットが滑り落ちてしまいそうなほど、グリップを浅く握っていました。ついついバッティングでは力が入って、バットをきつく握ってしまいがちですが、そうなるとスムーズにバットが出てこない。僕はバットを握る時、両方のひとさし指は離していました。ひとさし指まで最初からグッと握ると肩に力が入るでしょう?

二宮: 確かに。ボクシングでも最初からナックルをガチガチに握ってしまうと、ムダな力が入って強いパンチが打てないと聞きます。
得津: ゴルフだって、剣道だって同じです。ひとさし指を遊ばせておいて、(右打者の場合)右手はこうもり傘を片手で持つような感覚で構える。特に相合傘で右隣に人がいるイメージをするといいですね。そうするとグリップの位置は右寄りに少し上がるはずです。

二宮: ラクに構えることは理解できますが、そこからトップの位置が固まらないと悩む選手もいます。
得津: グリップで「Uの字」を描くように引き上げてトップをつくるのが理想ですね。つまり、半円を描くように一度グリップを下げてから上げる。相手の投手のモーションに合わせて、足が上がったら、打者もテイクバックします。そこでは一端、グリップを下げる。そして前へステップすると同時にグリップを柔らかく肩のラインの上まで持ってくるんです。王貞治さんにしろ、田淵幸一さんにしろ、多くの好打者のフォームを見ると、グリップが「Uの字」を描いています。

二宮: トップの位置からスイングするにあたっての大事なポイントは?
得津: 後ろの手のヒジの使い方ですね。脇を締め、ヒジをグッとたたんで前へ送り出す。そうするとバットのヘッドが立ってきて、振り切る際に腕がスムーズに伸びてくる。

二宮: バットのヘッドが下がると、いいバッティングはできないと?
得津: そうです。これを教えてくれたのは野村克也さんですね。78年に南海から移籍してきた時に、こう言われました。「トクよ、バッティングというのは手の甲で打つものだ」と。右打者なら左手の甲でボールをとらえる。もちろん実際に手の甲でボールは打てませんが、そういう感覚で打てということです。

二宮: 手の甲でボールをとらえる感覚でインパクトしたら、最後はフォロースルーです。手首はどのように返すのが良いでしょうか?
得津: 手首を返すのは意識してやってはいけません。そうすると「こねる」かたちになる。だから子供たちには「バットを両手で放り投げるつもりでスイングしよう」と教えています。これは入団した時に打撃コーチだったウォーリー与那嶺さんの教えです。ウォーリーさんは「手を前に出せ」と言っていました。腕がしっかりと伸びきったら、自然に右手と左手は入れ替わる。無理に腕を入れ替えたり、手首を返そうとしてはいけないのです。

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