マイケル・ルイスが著した「マネー・ボール」の主人公として知られるオークランド・アスレチックスの元GMビリー・ビーン(現上級副社長)は試合を一切、観ないことで知られている。

 

 理由は簡単。<自軍のプレーを生で見てしまったら、つい頭に血がのぼって、野球科学を忘れてしまいかねない>(前掲書)からだ。

 

 では試合が行なわれている間、ビーンは、どこで何をしているのか。ほとんどの時間、ロッカールームをうろついている。<ビリーは選手にサインをねだらない。選手と友達になるつもりもない。ロッカールーム以外では、選手たちとほとんど交わらない。いつも距離を置いている。面と向かっているときでさえ、打ち解けようとしない。しかしとにかく、存在感がある>(前掲書)

 

 孤高のGMである。しかし腕は確かだ。2000年代前半、富裕球団ヤンキースの約3分の1の総年俸でほぼ同等の成績を収めた。2012、13年にも地区優勝を果たしている。

 

 日本で「孤高のGM」と言えば、中日・落合博満の名前が浮かぶ。ビーン同様、最初の仕事はコストカットだった。好意的に解釈すれば、贅肉をそぎ落し、チームを筋肉質に変えるための緊縮財政――そう受け止めた。しかし、いつまでたっても肝心要の成長戦略が出てこない。成績も14年4位、15年5位、そして今年は最下位と悪くなる一方。この8月には不振の責任をとらされるかたちで監督の谷繁元信が事実上、解任された。

 

 不思議だったのは谷繁の「休養」会見にGMの姿がなかったことである。これでは何のためのGMなのか。はなっから権限がないのなら、それはGMとは言わない。

 

 落合は契約至上主義者である。<行動を起こす際には、「自分はどこと契約しているのか」「自分の仕事は何なのか」をしっかり見据え、優先しなければならない>(自著「采配」)。選手としても監督としても球史に残る成績を収めた落合ほどの人物が、低迷の原因を知らないはずがない。職務上、言う必要もない。

 

 だが、せめて「自分の仕事は何なのか」くらいは説明して欲しい。そうでなければ「日本プロ野球にGMという職種は馴染まない」という声に抗えなくなる。GMとはゴーストマネジャーの略ではないはずだ。

 

<この原稿は16年9月21日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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