宇佐美和彦(キヤノンイーグルス/愛媛県西条市出身)最終回「自分の中の鬼を出せ」

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1609usami12 2015年9月19日(現地時間)、W杯イングランド大会。日本代表が優勝候補の南アフリカ代表を破る大金星を挙げた。ラグビー史に残るジャイアントキリングと言われた“ブライトンの奇跡”を宇佐美和彦(キヤノンイーグルス)は「ファンの1人として」日本でTV観戦していた。日本代表は目標とするベスト8には届かなかったものの、過去最高の3勝1敗という好成績を残して日本に“凱旋”した。

 

「やっぱりあの人たちはすごかった。まだまだ自分には遠い存在やなと思いました」と宇佐美は振り返る。とはいえ、彼があの場に立っていてもおかしくはなかった。

 

 キヤノンでトップリーグ1年目から全試合に出場した宇佐美は立命館大学時代から引き続き、日本代表に召集されていた。大学3年時に初めて代表入りを知らされた時には「嘘ですよね?」と聞き返すほど、代表とは無縁だと思っていた。その時から日本代表ヘッドコーチ(HC)を務めていたエディー・ジョーンズは、恵まれた体格を持つ宇佐美の才能に目を付けていたのだった。

 

 イングランドでも身を粉にして戦った大野均、トンプソン・ルークら経験豊富なロック(LO)と日本代表のポジションを争った。トンプソンからは「今回でオレは最後。次はオマエだぞ」と言葉で背中を押された。大野からは彼の背中で学んだ。

「大野さんがケガから復帰した最初の練習で身体をバンバン当てて、すぐ立っていました。“すごいな”と思いましたし、エディーさんからも『今日の練習映像をしっかり見ておけ』と言われるほどでした」

 

1609usami17 宇佐美はエディーHCから口を酸っぱく言われたことがある。

「自分の中の鬼を出せ」

 

 格闘家の高坂剛にコーチを頼むなど、エディーHCは選手たちに闘争心を剥き出しにすることを求めた。対戦相手に一歩も退くなと義務付けた。指揮官は自らも“鬼”と化して、選手たちにハードなトレーニングを課した。すべては日本代表が世界で勝つために必要な準備だった。

 

 15年の8月、W杯に出場する日本代表の最終スコッドが発表された時、リストの中に宇佐美の名前はなかった。彼の位置付けはバックアップメンバー。正規のメンバーにケガなど不測の事態が起これば呼ばれる可能性もあったが、期間中にその声は掛からなかった。

 

 それでも発表会見の日、エディーHCは宇佐美についてわざわざ言及した。

「2019年のW杯、その先も代表で戦える選手」

 

 この言葉は宇佐美本人にも届けられた。発表前最後の代表活動日にエディーHCが行った1対1のミーティングの席でも、同様のことを告げられていたのだ。そのエピソードだけでも宇佐美に対する期待の高さを窺える。

 

 W杯行きを逃した後の変化

 

1609usami24 だが、いちプレーヤーとして、W杯行きを逃して悔しくないはずがない。立命館大時代からの同期であるキヤノンの嶋田直人は「すごく悔しい思いをしてチームに帰ってきたので、そこからは一皮むけたようなイメージです。プレーや雰囲気に責任感が増した気がします」と証言する。

 

 W杯開催中、メールでやり取りをしていた大学時代からの恩師・赤井大介も「W杯に感動して『やっぱり僕もW杯に出たいです』と。アイツ、普段はそんなん言わないので“珍しいな”と思いました」と、その変化をつぶさに感じ取っていた。

 

 宇佐美は2年目からはプロ契約となった。15-16シーズン終了後には世界最高峰リーグと言われる「スーパーラグビー」にも参戦を決めた。日本代表選手を中心に選抜されるヒト・コミュニケーション・サンウルブズに加入。一度は入団を迷ったこともあったが、自らのステップアップを考えて決断したのだ。

 

 そしてキヤノン入団3年目を迎えた今シーズン、宇佐美からはチームの中心としての自覚が芽生えてきている。「グラウンドの中でしっかり引っ張っていければと思っています」。キャプテンに大学時代からの同期・庭井祐輔が就任したこともあり、期する想いもあるのだろう。「庭井を男にしたいと思います」。大言壮語はしない宇佐美が、はっきりとそう口にした。

 

1609usami18 個人の目標には「タックル成功率でリーグ1位」を掲げている。身体を張って、チームに貢献するという姿勢に変わりはない。日本を代表するLOである東芝の大野が「気持ちの強いLOがいるチームは強い」と言うように、相手に弱みは見せられないのだ。宇佐美とて一歩も退くつもりはない。

 

 しかし、9月26日現在、キヤノンはトップリーグで1勝3敗と苦戦している。開幕戦こそ勝利したものの、ヤマハ発動機ジュビロ、東芝ブレイブルーパス、リコーブラックラムズに3連敗を喫した。今シーズンより強化しているスクラムで力を発揮してはいるものの、相手に勝負所を抑えられて逆転負けするなど、まだチームとして発展途上と感じさせる。

 

 今シーズンはプレーオフを行わず、リーグ戦のみで順位を決める。日本選手権に出場できる上位3チームに入るためにも負けられない試合が続く。チームとしても、宇佐美個人としても、これから一皮も二皮も剥ける必要があるだろう。

 

 世界と戦える強いLOへ

 

 実直な宇佐美に対して、周囲からの人望は厚い。赤井が「アイツは『百害あって一理なし』の真逆ですね。たぶん彼のことを嫌いなヤツはいないんじゃないかと思うくらい」と語れば、嶋田は「大学の頃から下からも上からも『うーさん』と呼ばれて、人を集める力がありましたね。宇佐美を中心に自然と輪ができていました」と言う。

 

1609usami19 その人間性は永友洋司監督もキャプテンの庭井も認めるところ。宇佐美をスカウトした瓜生康治リクルーティングマネジャーは「本当、裏表がない。グラウンドでは100%出せる選手ですし、学生時代から練習が終わっても、非常に真面目で私とも真摯に向き合ってくれました。そういう意味では間違いはないなと思っていましたし、キヤノンに入ってもしっかりとしたプレーができる選手だなと。その点は予想通りでした」と胸を張った。

 

 それでも「どの試合でも自分が良いと思うことはない。いつも反省ばかりです」と、宇佐美は謙虚な姿勢を常に崩さない。プレーも人間的にも“低姿勢”な彼に好感を持つ者は多い。キヤノンで1歳下の後輩・東恩納貫太は宇佐美が早生まれということもあって世代別代表でもチームメートとしてプレーした経験がある。「普段は優しくて、試合になると低くプレーしています。グラウンド内外でのスイッチの切り替えはすごい。とても尊敬しています」と先輩を慕っている。

 

「ただ、彼にも課題はあります。やはりもっとフィジカルとメンタル的な部分で変わっていく必要がある。その点は本人も良くわかっていることだと思います。運動量、仕事量というところでは非常に高いものがある。彼のサイズは魅力ですし、そのサイズの中で低いプレーができるのが長所です。低いプレーだけじゃなく、そこに力強さが必要になってくる」

 そう語る永友監督は宇佐美の将来性に期待している。課題が克服できれば「世界と戦える」と太鼓判を押す。

 

 指揮官の期待を宇佐美も重々承知している。「身体は当てつつも、周りをちゃんと見ることができる。そんな激しくてスキルもあるLOを目指しています」と自らの理想像を掲げる。 “強くて頼れるプレーヤー”の象徴に彼自身も追いつこうとしている。宇佐美が“自分の中の鬼”を解放した時、キヤノンイーグルスはさらなる高みへと羽ばたく。その先に日本代表の主力への道が見えてくるだろう。2019年は日本開催でのW杯だ。当然、ラガーマンとして、そこを目指さないわけがない。“ブライトンの奇跡”を超える衝撃を――。そのカギを握っているのは、背は高いがプレーは低く、強くて頼れるLOに進化した宇佐美和彦かもしれない。

 

(おわり)

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1609usami2宇佐美和彦(うさみ・かずひこ)プロフィール>

1992年3月17日、愛媛県西条市生まれ。キヤノンイーグルス所属。小中は野球部に所属し、高校からラグビーを始めた。ポジションはロック。愛媛県西条高校では全国大会への出場はなかったものの、才能を買われて関西大学Aリーグの強豪・立命館大学に進んだ。U-20代表、日本代表候補にも選出された。14年、キヤノンに入社。恵まれた体格を生かし、1年目から主力としてプレーした。15年4月の韓国戦で日本代表初キャップを刻む。 同年W杯イングランド大会は最終スコッドにこそ入らなかったが、バックアッパーメンバーに選ばれた。現在は9キャップ。身長197センチ、体重117キロ。

 

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(文・写真/杉浦泰介)

 

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