1996年のアトランタパラリンピックは日本の車椅子メーカーにとって画期的な大会となった、陸上競技で2人の車椅子ランナーが金メダルに輝いたのだ。両ランナーが乗っていた競技用車椅子(レーサー)には「オーエックスエンジニアリング」の名が刻まれていた。それは、それまで常識とされていた米社製のレーサーに、日本製のレーサーが初めて勝った瞬間でもあった――。国内のみならず世界の車椅子業界に新風を巻き起こした「オーエックスエンジニアリング」。その創設者である石井重行社長、そして各選手の細かい要望に応え、世界で勝てる陸上用のレーサーを開発し続けているグループ会社レブの小澤徹氏にインタビューした。

 

二宮: 石井社長はご自身が車椅子生活になったことをきっかけに、車椅子の製造を手掛けるようになったということですが、もともとはオートバイの開発・製造をされていたそうですね。

石井: 開発というよりも、単に好きでいじっていただけなんですよ。もう、高校の時からバイクばかりいじっていましたから。

 

二宮: 手先が器用だったんでしょうね。いつも油まみれになって、セッティングしたり、チューニングしたりしていたと。私も昔はバイクに乗っていましたから、よくわかりますよ(笑)。

石井: 勉強は全然、できませんでしたけどね(笑)。当時はお金がなかったものですから、よく解体屋さんに部品を探しに行きましたよ。あそこは宝の山でしたからね。何かいい物をみつけては、持って帰ってきて、いろいろと自分のバイクに手を加えていましたね。

 

 天からのお告げ

 

二宮: それだけ好きだったバイクいじりが、事故でできなくなってしまったと。

石井: はい。高校卒業後、いくつかのアルバイトを経て、ヤマハ発動機に入社したのですが、28歳の時に辞めて自分でオートバイ販売店を開いたんです。ヤマハには販売店という立場からの要望を伝えたりしていたのですが、その要望通りにつくってもらったバイクのテスト走行をしていた時に、転倒事故を起こしてしまったんです。当時はレース活動もしていましたから、いつも徹夜状態でした。それで、その日もほとんど寝ていなくて体が思うように動かず、カーブで曲がり切れなかったんです。それでも、そのバイクは2台しかない試作車で、テスト走行の後にはカタログ撮影もありましたから、「バイクだけは守らなくちゃいけない!」と、とっさの判断で、バイクを草むらの方に逃がしながら、自分は後ろに飛び降りたんです。そしたら、運の悪いことにヒューム管が半分、土の上に出ていた所に落ちてしまった。それで脊髄を損傷して、車椅子生活になったんです。

 

二宮: 生活の中心だったバイクに乗れなくなったわけですから、大変なショックだったでしょうね。

石井: 人生で一番ショックでしたね。35歳で、これからという時でしたから。仕事でもようやく自分の地位ができつつあったんです。でも、何よりもショックだったのは、バイクに乗ることも、いじることもできなくなってしまったこと。それが、自分の人生そのものでしたからね。

 

二宮: 気持ちを切り替えるのに、どのくらいの時間がかかりましたか?

石井: 退院後、3、4カ月はかかったかな。一時は死を意識した時もありましたね。「生きていてもしょうがないし、もう海に飛び込んじゃえ!」って、2回ほど車で海に行きました。1回目は車を運転していて、ふと「やっぱり帰ろう」と思って家に戻ったのですが、2回目は海辺まで行きました。「飛び込む前に、一服しようか......」と、車内でタバコを吸ったんです。その時、サンルーフを開けたんですね。それで夜空を見上げた瞬間、「なんだ、オレ、歩けないだけじゃないか」って、ふと思ったんです。なんか、天から言葉が降りた感じでしたよ。

 

二宮: へぇ、不思議な体験ですね。

石井: 今思うと、天からのお告げだったんじゃないかと思うんですよ。「オマエは散々、バイクに乗ってきたんだから、その技術で車椅子をつくりなさい」とね。

 

(第2回につづく)

 

石井重行(いしい・しげゆき)プロフィール>

1948年、千葉県生まれ。71年、ヤマハ発動機に入社。76年、28歳の時に独立し、オートバイ販売会社「スポーツショップ イシイ」を設立した。ライダー、ジャーナリストとしても活躍。84年、オートバイのテスト走行時、転倒事故で脊髄を損傷。下半身不随となり、車椅子生活となる。88年、「オーエックスエンジニアリング」を設立し、翌年には車椅子事業部を設置。車椅子の開発・製造に着手し、92年には初号機を販売する。翌年には車いすテニス用、車椅子バスケットボール用、95年には、陸上競技用のレーサーを販売。アトランタパラリンピック以来、同社の車椅子で獲得したメダルは、計90個にのぼる。

オーエックスグループ http://www.oxgroup.co.jp/


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