二宮: 視覚障害者の水泳で欠かせないのがターンやゴールを選手に合図するタッピングです。

寺西: タッピングをする人を「タッパー」と呼び、そのタッパーが選手に合図するために使用している道具を「タッピング棒」と言います。

 

二宮: タッピング棒は何で作られているんですか?

寺西: 特に規定はないので自由なのですが、日本では初期の頃はモップの柄や洗濯の物干し竿を使っていましたが、今は釣竿を使っています。

 

二宮: 釣竿ですか !?

寺西: はい。あまりにも重かったり大きいものですとタッチしにくいですし、逆に細すぎると力が弱くて選手に合図が伝わりにくいんです。それでいろいろと試してみた結果、釣竿に辿り着いたんです。

 

二宮: 弾力性があるから、素早くタッチして、素早く引き上げるには適しているんでしょうね。

寺西: はい、そうなんです。ただ、結構強めにタッチしないと、夢中で泳いでいる選手には伝わりません。ですから、しょっちゅう折れてしまうんです。釣り専門店に行った時には、一度に5本以上買うのですが、お店の人に「どこに行かれるんですか?」って、よく聞かれるんです。普通は1本や2本でしょうからね。「釣りはしないんですけどね」なんて答えると、店員さんは不思議そうな顔をしますよ(笑)。

 

二宮: まさか、水泳の道具に使っているなんて想像していないでしょうからね(笑)。

寺西: はい。今は海外のチームにも「日本のタッピング棒はいい」って評判なんです。マネをして作るところもあれば、「譲ってくれないか?」なんていうところもあるくらいです。こんなんだったら、特許を申請しておけばよかった(笑)。

 

 難易度の高い背泳ぎのタッピング

 

二宮: 実際、タッピング棒で選手の体のどの部分をタッチするんですか?

寺西: それも特に規定はないので、いろいろなのですが、日本では頭や額ですね。海外では背中をタッチするようにしているところもあります。

 

二宮: タッピング棒の先端の丸い部分は何で作られているんですか?

寺西: 発砲スチロールよりも少し固めの素材のもので作っています。自由形や平泳ぎ、バタフライの場合は頭をタッチするので、大きめに作っているのですが、背泳ぎの場合は額なので、タッチする面積が狭い。ですから、小さめに作ってあるんです。

 

二宮: 大きいと鼻などに当たってしまう危険性がありますからね。

寺西: 一番選手が嫌がるのは、ゴーグルなんです。間違ってゴーグルや鼻にタッピング棒が当たってしまうと、痛さに意識がいってしまい、泳ぎのリズムが崩れてしまうんです。そうすると、選手はやる気をなくしてしまいます。ですから、確実に額の部分に当てなければいけません。

 

二宮: でも、柔らかい素材を使っているとはいえ、選手たちが痛がることはないのですか?

寺西: いえ、逆に強めにタッチしてほしい、と言われますよ。壁に衝突する方が、何倍も痛いですからね。特にパラリンピックを目指しているような選手は世界と0.01秒の差を争っていますから、かなりのスピードで泳いでくるわけです。そうすると、軽く当てただけでは気づかないんですよね。だから私たちタッパーも遠慮なく、強めにタッピング棒をタッチさせるようにしているんです。

 

(第3回につづく)

 

寺西真人(てらにし・まさと)プロフィール>

1959年7月26日、東京生まれ。筑波大学附属視覚特別支援学校教諭。日本身体障害水泳連盟競泳技術委員。大学卒業後、母校の体育非常勤講師、筑波大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)の非常勤講師を経て、1989年同校教諭となる。自ら水泳部を立ち上げ、河合純一、酒井喜和、秋山里奈の3人のパラリンピックメダリストを育てた。


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