二宮: 現在、日本では車いすテニスの指導者はどのくらいいるのでしょう?

丸山: 具体的な数字まではわかりませんが、結構いると思いますよ。ただ、車いすテニスのコーチだけでは生計は立てられないので、いわゆるボランティアという感じになっているケースが多いですね。そのために、職業としては確立されていないのが現状です。

 

二宮: 車いすテニスに対する研究心がないと、コーチ業は続けられないでしょうね。

丸山: そうですね。私は"探究心"と"探求心"をバランスよくもつことが必要かなと思っています。

 

二宮: なるほど。やりがいはあるでしょうけど、その分、自分自身の成長なしでは指導はできないという点では、大変な職業ですね。

丸山: 選手たちは1秒、1時間、1日‥‥‥と成長し、たくましくなっていくわけですから、自分自身もたくさん勉強して向上していかないことには、選手を指導することなどできません。

 

二宮: 1日のスケジュールは?

丸山: 朝6時からレッスンが始まって、自宅に帰るのはいつも22時くらいになるのですが、夕飯を食べながらテニスのビデオを観るのが日課になっていますね。それからお風呂に入って、寝る前に1時間ほど指導書を読んだり、自分に不足している能力を向上させるために、それに関連する勉強をします。そして、翌日のコートで変わっている自分を試すんです。とにかく丸一日、テニス漬けですから、友人や知人にはよく"変態"と言われているんです。自分でもそう思います(笑)。

 

二宮: 丸山コーチにとって、コーチという職業は天職なんでしょうね。

丸山: よくそう言われるのですが、実は自分自身はそうは思っていないんです。選手を一人育てるには、数年かかります。それこそジュニアの選手は、10年計画で育てていきます。でも本当は、やったものに対してすぐに結果が出ないとダメで、10年も待っていられる性格ではないんです。ただ、今はこれまでの実績がありますから、今後の10年についても「こうしていけばいい」というある程度の予測がたてられる。だからやっていけているようなものなんです。

 

二宮: とはいえ、時間をかけて育ててきた選手が結果を出すというのは、指導者冥利につきるのでは?

丸山: そうですね。国枝慎吾選手も毎年、世界タイトルを獲っていますし、3年前から指導を始めたジュニアの選手たちも全日本のタイトルを獲っていますからね。指導者としては非常に幸せだと思います。だからこそ、続けたいと思いますし、テニスコーチのステータスを上げるためにも、続けていかなければいけないと思っています。

 

 チャンス到来の日本テニス界

 

二宮: 丸山コーチが選手を見る時のポイントは?

丸山: まず第一に「動ける選手」であることですね。これは健常者や障害者、競技を問わず、スポーツの世界では全てに共通するものだと思います。というのも、動ける選手というのは、大抵の場合、頭の回転も速いです。

 

二宮: なるほど。結局は脳からの指令で体が動いているわけですからね。

丸山: そうなんです。それと、努力し続ける才能があるかということですね。これがないと、世界のトップに行くことはできません。ですから、「あ、この選手は結構、動けるな」と思ったら、簡単な課題を出してみて、1週間ほど様子を見るんです。そうすると、継続力があるかどうかがわかりますからね。

 

二宮: しかし、健常のクラスを見ても、テニスで世界のトップに立つというのは、なかなか簡単なことではありません。その中で常に世界のトップ争いをしている国枝選手がいかにすごいか......。4大大会最多優勝記録(16回)をもつロジャー・フェデラーもが認めたわけですからね。

丸山: 国枝選手が世界トッププレーヤーの仲間入りをしたことによって、彼の世代の選手たちも刺激を受けて、どんどん強くなっているんです。健常の方では錦織圭選手が昨年から世界のトップ選手を次々と破る活躍を見せ、日本の男子プレーヤーとしては史上最高の24位にまで浮上しています。国枝選手、錦織選手というそれぞれ支柱的存在が出てきた今、日本の男子テニス界を盛り上げていくにはいいチャンスです。こういう時期に、きちんと土台を築いていくことができれば、瞬間的な盛り上がりに終わるのではなく、長期的な発展につなげていくことができるはずです。

 

二宮: そういう意味ではロンドンパラリンピックで国枝選手が連覇すれば、さらに車いすテニス界は盛り上がるでしょうし、国枝選手に続く選手がさらに増えるでしょうね。

丸山: そう思います。ロンドンまでのあと残り7カ月、選手たちが本番で力を発揮できるように、私自身も全力で指導していきたいと思っています。

 

(おわり)

 

丸山弘道(まるやま・ひろみち)プロフィール>

1969年7月20日、千葉県生まれ。公益財団法人吉田記念テニス研修センター(TTC)エリートコーチ。日本車いすテニス協会ナショナル男子チーム担当コーチ。10歳から地元の柏ローンテニスクラブに通い、高校、大学とテニス部に所属。明治大学時代にはインカレにも出場した。大学卒業後、一度は保険会社に就職したが、4年で退職。その後、テニスコーチとなり、TTCのジュニア選手担当コーチを務める。97年より車いすテニスの指導を始め、斎田悟司、国枝慎吾などパラリンピック選手を育成。ナショナルコーチとして初めて臨んだ2004年アテネ大会では男子ダブルスで斎田、国枝ペアを、そして08年の北京大会では男子シングルスで国枝を金メダルに導いた。


◎バックナンバーはこちらから