第621回 1点にこだわる野球で名門復活を(辻発彦)
キャンプが始まって間もないうちから、プロ野球の2017年のシーズンを展望するのは無謀かもしれない。
しかしパ・リーグの場合、2016年のシーズンを制した北海道日本ハムと15年の覇者・福岡ソフトバンクの2強を軸とした争いになることは、ほぼ間違いあるまい。それだけ両チームの戦力は抜きん出ている。
「確かに(両チームの)レベルは高いが、1点にこだわる野球ができれば活路は開ける」
2強に挑戦状を叩き付けたのが、埼玉西武の監督に就任した辻発彦である。かつての名門も8シーズン、優勝から遠ざかっている。
1980年代から90年代にかけて西武は黄金期を謳歌した。
1980年から94年までの15年間で8回の日本一と11回のリーグ優勝を果たしている。
その中心選手のひとりが辻である。玄人受けする守りと好打で、チームになくてはならないバイプレーヤーだった。
辻が、大げさでなく日本中の視線をひとり占めしたのは87年の巨人との日本シリーズである。第6戦、西武が日本一を決めたこの試合、8回裏に劇的なプレーが飛び出した。
2対1と西武が1点リード。2死一塁で秋山幸二の打球はセンター前へ飛んだ。普通なら一、三塁の場面だ。
ところが一塁ランナーの辻は二塁ベースを回り、三塁ベースも蹴った。本塁にスライディングした時には、ボールはまだキャッチャーミットに収まっていなかった。
走っている間、辻はずっと三塁ベースコーチの伊原春樹を凝視していた。伊原がただならぬ形相で腕をグルグル回すのを見て、辻も本塁突入を決意した。
振り返って、辻はこう語った。
「おそらく、センターのウォーレン・クロマティには“まさかホームまでは行かないだろう”という油断があったと思うんです。しかも彼は左利きだから、送球がシュート回転すれば、ボールが二塁方向にそれる。中継のショート・川相昌弘が右に回れば、その分、ロスが出る。そのあたりが、あのプレーの真相じゃないでしょうか」
当時の監督・森祗晶から「野球を知る男」と評価された辻は、引退後、ヤクルト、横浜、中日などでコーチを務めた。
中日時代は2回のリーグ優勝と1回の日本一に貢献した。辻の腕の高さは、コーチの仕事ぶりに厳しいことで知られる落合博満が重用したことでも明らかだろう。
選手としてのみならず、指導者としての実績も持つ辻は古巣の再建人として、打ってつけだ。
ゴールデン・グラブ賞に8回輝く名手は、おそらくザルと形容される守備陣から手を付けるはずだ。昨季の失策数101はリーグワースト。ここが改善されないことには、「1点にこだわる野球」はできない。
「これは僕の持論ですが、土のグラウンドで練習をしないと守備は上達しませんね」
何気ないコメントに再建のヒントが潜んでいるような気がする。
<この原稿は2017年1月22日号『サンデー毎日』を一部再構成したものです>