“金満国”への反発を胸にACLを見る

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 日本か韓国か。02年のW杯開催地を巡る騒動が最終段階に入っていた時だから、21年前のことになる。

 FIFA本部のあるチューリヒには、世界中の記者が大挙して押しかけていた。当時バルセロナに住んでいたわたしも、その一人だった。

 

 会社を辞めて1年目。フリーになったわたしは、髪の毛を茶髪に染め、耳にはピアスをあけていた。その風体を見た日本サッカー協会のある幹部は、吐き捨てるように言った。

「記者のくせにピアスか。ハッ、世も末だな」

 

 だが、まるで違った反応をした人が、一人だけいた。

 

「ほう、日本にも記者の方がピアスをする時代が来ましたか。わたしが予想していたより早いなあ!」

 たかがピアスに目くじらをたてる人がいる一方で、その人はたかがピアスを本当に面白がっているようだった。自分もいつかこういう大人になりたい。そう思った30歳のわたしだった。岡野俊一郎さんのご冥福をお祈りしたい。

 

 さて、その岡野さんをしても相当手を焼いたらしいのが元日本代表監督のトルシエ。後にわたしも沖縄で一緒に仕事をすることになったので、岡野さんの苦労は多少なりともわかるつもりだ。人好きする面とそうでない面の落差が大きく、また、好きか嫌いかで態度が極端に変わる。

 

 好き嫌いと言えば、トルシエのドイツ嫌いは大変なものだった。一度など、レストランでわたしが自分用にドイツのワインを頼んだだけで不機嫌になってしまったことがある。一方で、我が愛車がシトロエンだと知るとそれだけで上機嫌にもなる。口にすると激怒されそうなのでできなかったが、「子供かよ」と思ったのも一度や二度ではない。

 

 だが、今にして思えば、監督としてのトルシエにとって、あの好き嫌いの激しさは仕事を進める上での原動力にもなっていた。わたしが書いた批判的な原稿を使い、「こんなことを言わせておいていいのか」と選手にハッパをかけたこともあったと聞く。「嫌い」や「敵」をプラスの効果に変える男、それがトルシエだった。

 

 今年もまた、中国リーグの爆買いが続いている。フッキ、オスカル、ついにはダニエウ・アウベスの名前まで挙がってきた。ACLを戦うJのクラブにとっては、大変な脅威である。

 

 だが、世界中からスターが集まるプレミアリーグがあったからこそ、ブンデスリーガは成長できた、とわたしは思う。

 

 近年、日本人の中国に対する親近感は右肩下がりを続けている。わたしに関して言えば、ほぼ垂直に降下中である。そんな国のリーグが、成り金根性丸出しの買い物を続けている。

 

 負けたくない相手の躍進は、時に大きなエネルギーになる。というか、したい。いや、しなければならない。今年のACLにおける中国との対戦では、心の中でテレビ朝日のスローガンを唱えながら観戦し、原稿を書こうと思う。絶対に負けられない戦いが、というヤツである。トルシエなら、絶対にそうする。

 

<この原稿は17年2月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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