(写真:ニューヨークでのファイトウィークには多くのイベントが催され、大盛況となった Photos/Tom Hogan, K2 Promotions)

(写真:ニューヨークでのファイトウィークには多くのイベントが催され、大盛況となった Photos/Tom Hogan, K2 Promotions)

3月18日 ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン

 

WBA、WBC、IBF世界ミドル級タイトル戦

WBAスーパー、WBC、IBF王者

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/34歳/36戦全勝(33KO))

vs.

WBA正規王者

ダニエル・ジェイコブス(アメリカ/30歳/32勝(29KO)1敗)

 

 今週のニューヨークは、近年では最大級のビッグファイト・ウィークに沸いている。17日には元アマ世界王者マイケル・コンラン(アイルランド)のプロデビュー戦がマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)・シアターで、18日にはゴロフキン対ジェイコブスのミドル級統一戦がMSGの大アリーナで行われる。この2日だけで、殿堂MSGに2万人以上のボクシングファンが集まることになりそうだ。

 

 特に18日に開催されるミドル級戦には、全米の、いや全世界の注目が注がれる。 23連続KO中の怪物ゴロフキンに、過去12連続KO勝利を飾ってきたジェイコブスが挑む。2017年上半期のボクシング界のハイライトとして、当日の会場は素晴らしい雰囲気になることだろう。

 

 大方の予想はゴロフキン有利

 

(写真:パワーパンチばかりが特筆されるが、ゴロフキンはハイレベルの技術も備える Photo/Ed Mulholland, K2 Promotion)

(写真:パワーパンチばかりが特筆されるが、ゴロフキンはハイレベルの技術も備える Photo/Ed Mulholland, K2 Promotion)

 勝敗予想自体は、スキル、経験値で勝るゴロフキンに大きく傾いているのが事実である。アメリカで最も権威あるボクシング雑誌、『リング』の電子版は14日に関係者の予想を集めた記事を発信した。その中で、22人のメディア、元選手、関係者はすべてゴロフキンの勝利を予想している。

 

 ジェイコブスはゴロフキンがこれまでに対戦した中でおそらく最高の選手だ。年齢的にも今が旬で、スピード、パワーは統一王者に警戒を促すに十分。しかし、地力ではやはりゴロフキンが上回る上に、ジェイコブスは打たれ脆さが弱点だ。最後はやはり3団体王者が豪快にKO勝ちを収めるというのが一般的な見方である。

 

 筆者の意見もほぼ同じだ。ジェイコブスは確かに好選手ではあるが、いや、そうであるがゆえに、ゴロフキンは逆に隙のない強さを見せつけると考えている。

 

「(元世界王者の)カール・フロッチは“GGGは全盛期を過ぎた”と話していた。彼は依然として危険な選手で、脅威だけど、(フロッチの言うことに)僕も同意するよ。この試合は僕にとって最高のタイミングで行われる。(ケル・ブルック(イギリス)戦で)ゴロフキンの弱点は暴露されていたからね」

 14日の電話会見中、ジェイコブスはそんな風に語り、もうすぐ35歳になるゴロフキンの衰えを指摘していた。被弾が多かった昨年9月のブルック戦後、同じようにゴロフキンの戦力に疑問を呈し始めたファン、関係者は実際に米国内に少なくない。

 

 距離感を制圧する熟練のテクニック

 

(写真:ブルックリン出身のジェイコブスだが、ニューヨークにはゴロフキンのファンも多く、歓声は二分されそう Photo/Ed Mulholland, K2 Promotion)

(写真:ブルックリン出身のジェイコブスだが、ニューヨークにはゴロフキンのファンも多く、歓声は二分されそう Photo/Ed Mulholland, K2 Promotion)

 ただ、2階級下のブルックと対戦した前戦では、相手のパワー不足ゆえに緊張感が足りなかっただけではないか。体格では自身を上回る生粋のミドル級選手を迎え、今戦では心構えが違う。ゴロフキンは過去以上に気を引き締め、ビッグファイトに臨んでくるように思えてならないのだ。

 

 想定できる展開のイメージとして、同じくMSGで2015年10月に行われたIBF王者デビッド・レミュー(カナダ)との統一戦が挙げられる。戦前にはレミューのパンチャーズ・チャンスを指摘する声があったこの一戦。しかし、ゴロフキンは普段以上にジャブを丁寧に使って距離を制圧した。レミューは結局、得意とするミドルレンジでパンチを振るうことすら叶わなかった。

 

 とかくパワーパンチばかりが喧伝されるゴロフキンだが、アマ350戦の実績に裏打ちされたテクニックも伊達ではない。足を使う相手には有効にプレッシャーをかけ、玉砕狙いのファイターにはパワージャブで距離を制圧する。この距離の作り方のうまさこそが、カザフスタンの怪物の最大の武器である。

 

 豪快なフィニッシュを狙うあまり、最近は少なからず被弾する傾向にあるのは事実ではある。しかし、レミュー戦同様、今回のジェイコブス、将来的に激突が噂されるサウル・“カネロ”・アルバレスといったパンチャーと対戦した場合、より慎重に試合を運ぶに違いない。

 

 これもレミュー戦同様、ジェイコブス戦は一部で期待、予測されているほどの激しい打撃戦にはならないかもしれない。ゴロフキンがジャブと重い左右パンチを使い、徐々にジェイコブスを弱らせていく流れが有力。緊張感のある重厚な展開の末に、中盤以降に統一王者がストップ勝ちを収めるというのが筆者の予想である。

 

 リングでの奇跡は難しいか

 

(写真:MSGでは久々のビッグファイト。当日は素晴らしい雰囲気になるはずだ Photo/Ed Mulholland, K2 Promotion)

(写真:MSGでは久々のビッグファイト。当日は素晴らしい雰囲気になるはずだ Photo/Ed Mulholland, K2 Promotion)

「ジェイコブスに勝機があるとすれば、3月4日のダニー・ガルシア(アメリカ)戦のキース・サーマン(アメリカ)のように足を使い続けたとき。綺麗に勝とうなんて思わず、ブーイングされてもとにかく動きまくること。ただ、“ブルックリンの誇り”を胸に地元リングに上がるジェイコブスがそんな戦法を良しとするとは思わない」

 ニューヨーク・ポスト紙のジョージ・ウィリス記者はそう語っていたが、実際にジェイコブスが勝つ展開を想像するのは簡単ではない。

 

 ウィリスの言葉通り、もともと好戦的なブルックリナイト(=ブルックリンに住む人)が、現実的にゴロフキンをフルラウンドに渡ってアウトボックスできるとは考え難い。ゴロフキンはボディが効いたシーンを見せたこともあるが、中間距離型のジェイコブスがボディショットに体重を乗せられる位置まで近づくのは簡単ではない。

 

 そんな状況下で、ジェイコブスは何をすれば良いのだろう。かつて脊椎の骨肉腫から立ち直ったことから“ミラクルマン”と呼ばれる好漢は、どうやってゴロフキンを慌てさせるか。1ラウンドTKO勝利を飾った2015年12月のピーター・クイリン(アメリカ)戦同様、序盤の速攻に活路を見出すか。前述通り、致命的なボディショットを打ち込む術を何とか模索するか。どれも容易な作業ではなく、それゆえ、ほぼすべての関係者がゴロフキン有利と見ているのである。

 

 今回の試合はイベント規模では今年度最大級だが、結果は大方の予想通りに落ち着く可能性が高い。現代の怪物が、殿堂MSGで改めてその強さを誇示する。人生最大の奇跡(ガン克服)を起こしたジェイコブスにも、リング上のミラクルは訪れない。そして、ゴロフキンは近未来の更なるビッグファイトに駒を進めることになりそうである。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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