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(写真:パッキャオ対ホーン戦が行われることを知らない人も米国内には多いはずだ Photo By Gemini Keez)

 7月2日(米国時間1日)

 オーストラリア ブリスベン

 

 WBO世界ウェルター級タイトルマッチ

 6階級制覇王者、王者

 マニー・パッキャオ(フィリピン/ 38歳 / 59勝(38KO)6敗2分)

 vs.

 挑戦者

 ジェフ・ホーン(オーストラリア/ 29歳 / 16勝(11KO)無敗1分)

 

「ジェフ・ホーンって誰?」。6階級制覇王者パッキャオの次戦決定の報を聴いた後、そう首をひねったスポーツファンは多かったに違いない。

 

 昨年11月以来となるパッキャオの復帰戦は、7月にオーストラリアで行われることが決まった。現地ではスタジアムに約55000人の大観衆が集める特大イベントになりそうだと見られている。ただ、母国以外ではホーンの知名度はゼロに等しく、アメリカでの盛り上がりも、もちろんゼロに等しい。

 

(写真:同じトップランク傘下のブラッドリーともすでに3度対戦。新鮮味のあるマッチメークは少なくなった)

(写真:同じトップランク傘下のブラッドリーともすでに3度対戦。新鮮味のあるマッチメークは少なくなった)

 トップランクのボブ・アラム・プロモーターが起用に興味を持ったくらいだから、ホーンはプロスペクト(有望株)ではあるのだろう。過去には世界挑戦経験もあるアリ・フネカ(南アフリカ)、元世界王者のランドール・ベイリー(アメリカ)に勝っている。端正なルックスもテレビ好み。ただ、最近の試合映像を見ても、現時点でパッキャオに対抗できる武器があるようには見えない。

 

 フィリピンの英雄にとって、今戦はいわゆる“Stay Busy fight(調整試合)”。最近は興行成績もジリ貧で、米国内に目ぼしい対戦相手候補も乏しくなったところで、タイミング良く異国のリング登場の話が出てきた。オーストラリア開催なら、まだパッキャオの名前だけでも大イベントになる。この試合の交渉がそんな経緯でスタートし、成立に至ったことは容易に想像できる。

 

 フロイド・メイウェザー、オスカー・デラホーヤ(ともにアメリカ)、ミゲール・コット(プエルトリコ)、リッキー・ハットン(イギリス)、ファン・マヌエル・マルケス、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレス(すべてメキシコ)……。これまでパッキャオは幾多の強豪と激闘を演じてきたが、今戦の相手が格落ちであることは否定できない。海外戦のプロモーションは容易ではないため、試合挙行が近づいてもアメリカ国内で大きな話題にはならないはずだ。

 

 最新試合の注目ポイント

 

(写真:去年のパッキャオ対バルガス戦はラスベガスのトーマス&マック・センターで開催。今年11月にはパッキャオは再びベガスでの試合を予定しているとも言われる)

(写真:去年のパッキャオ対バルガス戦はラスベガスのトーマス&マック・センターで開催。今年11月にはパッキャオは再びベガスでの試合を予定しているとも言われる)

 そんなフィリピンの英雄の最新試合に関して、注目ポイントを挙げるとすればどこになるのか。興行の観点から言うと、まずはこの注目度の低い一戦が米国内でどんな形でテレビ中継されるのかは気になるところではある。

 

 これまでパッキャオの試合は主にプレミア・ケーブル局の雄であるHBOが課金制度のPPVで放送してきた。しかし、2015年5月のメイウェザー戦を前後して、売り上げ数が激減。それも一因となり、昨年11月のジェシー・バルガス(アメリカ)戦はHBOが放映を見送る事態となった。そんな流れを考えれば、バルガスよりさらに知名度の低いホーンが相手の今戦にHBOが興味を持つとは考え難い。そこでアラム・プロモーターはこう述べている。

「アメリカでは地上波で中継する可能性を考慮している。将来のフィリピン大統領候補に挙げられているような選手のファイトが無料で観れるとすれば、大きな話題になる。実現すればパッキャオの名声は別次元に達するだろう」

 

 アラムのプランにどれだけリアリティがあるかはわからない。PPV、プレミア・ケーブル局での放映でないとすれば、パッキャオ、トップランクは当面の減収を覚悟する必要がある。ただ、オーストラリアのテレビ&入場料収入でカバーできるし、何より、地上波で放送されれば、普段はボクシング視聴に積極的ではない一般のスポーツファンにもアピールできる。

 

 トップランク自前のPPVで放送されたバルガス戦の購買数は約30万件だったが、地上波なら視聴者数はおそらくその10倍以上。これまで“金を払わなければ見れない”ボクサーだったパッキャオが、より多くのファンに無料で試合を見せることの意味は大きい。ホーン戦での儲けはそれほどではなくとも、その後に企画されるであろうビッグイベントに間違いなく好影響を及ぼすはずである。

 

 これも今後の商品価値に関わってくることだが、試合の見どころはパッキャオの久々のKO勝利できかどうかに尽きる。かつては全階級屈指のデストロイヤーだったサウスポーだが、KOは2009年のコット戦が最後だ。以降は判定勝ちが続き、特に近年は技巧派傾向に拍車がかかっている感がある。

 

(写真:無敗の2階級制覇王者クロフォードとの新旧戦は実現するのか Photo By Ed Mulholland / Top Rank)

(写真:無敗の2階級制覇王者クロフォードとの新旧戦は実現するのか Photo By Ed Mulholland / Top Rank)

 ただ、昨年の2戦でもダウンは奪っており、パワーを完全に消失したわけではない。経験不足のホーンが相手なら、実に7年半ぶりとなるストップ勝ちの可能性もあるだろう。

 

 繰り返すが、去年もティモシー・ブラッドリー、バルガス(アメリカ)という2人の実力者を下し、依然としてトップレベルの実力を証明した後で、ホーン戦は少々残念なマッチメークではある。だからと言って、“Stay Busy fight”は単なる消化試合だとは限らない。地上波にせよ、プレミアケーブルの通常放送だろうと、PPVより多いテレビ視聴者の前で、パッキャオが久々にど迫力のファイトを披露できれば……。

 

 そんなシナリオが現実のものとなれば、“その後”への期待感は改めて膨らむ。テレンス・クロフォード(アメリカ)、あるいはアミア・カーン(イギリス)、エイドリアン・ブローナー、キース・サーマン(ともにアメリカ)といった強豪との対戦を望む声もこれまで以上に出てくるはず。今戦が興行&試合内容の両面で成功に終われば、終盤に差し掛かったパッキャオのキャリアにまた新たな楽しみが生まれるに違いないのである。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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