宮崎でWBCに向けた合宿中の日本代表は、18日の埼玉西武との強化試合が雨天中止となり、28名の最終メンバー発表を20日の紅白戦後に延期した。17日の広島戦では投手陣が7点を失い、打線は3安打無得点。本番へ不安がささやかれる中、球界随一の知将と呼ばれた男は侍ジャパンをどう見ているのか。今だに「代表監督に」とファンから高い支持率を誇る野村克也を、二宮清純が直撃した。
二宮: 今回のWBCは山本浩二さんが、火中の栗を拾うかたちで代表監督となりました。4年前の前回も、そして今回も「WBCで野村監督が見たい」という意見は多かったようです。
野村: 街を歩いていても、「なんで野村さん、やらないのですか」と声をかけられましたよ。ありがたいことですが、「ああ、どうも」としか答えようがない。私のところには打診も何もなかったですから。私が言うのもおかしいんだけど、最近は監督としての能力より処世術に秀でた人が選ばれる時代です。感じがいい、明るい、愛想がいい。これが監督の条件。野球の専門家として、本当のプロフェッショナルだと言える監督がいなくなりました。

二宮: 山本監督に対する率直な評価は?
野村: これは私の固定観念なのかもしれませんが、過去を見ても外野手出身の監督に名監督はいないんです。だから、山本浩二も大丈夫かなと思っちゃうんですよ。外野手は相手打者に応じて守備位置を変えるくらいで、試合の当事者として関わることが少ない。だから、相手のスキを見て嫌がることをしようといった発想が乏しくなる。

二宮: 実際、外野手出身でリーグを制し、日本一も達成したのは、ヤクルトの若松勉さんと、福岡ソフトバンクの秋山幸二さんだけです。
野村: 一方でキャッチャーは成功している指揮官が多い。監督に一番近い仕事をしていますからね。相手ベンチやバッターの様子を観察、洞察しながら投手をリードし、守備位置も動かす。まさに守りにおける監督の分身ですから。

二宮: 今回のWBCでカギを握るのはキャッチャーで4番、そしてキャプテンを務める阿部慎之助です。昨季は攻守に大車輪の働きで、巨人のリーグ優勝、日本一に貢献しました。
野村: 彼はバッティングに関しては天才的で素晴らしい。ただ、キャッチャーとしては、もうひとつ物足りない。僕の専門分野だから余計に見方が厳しいのかもしれないけど、ネット裏からみていても背中から伝わってくるものがないんですよ。

二宮: 物足りない点をもう少し具体的に教えてください。
野村: 彼のリードを背中越しに見ていて、1球1球に根拠が感じられないんですよ。それでも巨人のピッチャーは優秀だから、あまりキャッチャーのリードが問われない。僕は27年間、現役をやって、キャッチャーのリードは関係ないというピッチャーは杉浦(忠)ひとりでした。あとはロクなピッチャーがいなかった(苦笑)。だからこそ一生懸命考えてリードしていたんです。皆川(睦雄)なんかは、よく分かってくれていましたけどね。彼が引退した時に、しみじみ私に言いましたよ。「ここまでピッチャーができたのはノムさんのおかげです。ノムさんじゃなかったら、今のオレはない」って……。

二宮: もうひとりポイントとなるのは橋上秀樹戦略コーチです。橋上コーチは言わずと知れた野村さんの教え子。野村さんの下、現役時代はヤクルト、阪神でプレーし、楽天ではヘッドコーチとして支えました。
野村: 橋上も外野手だし、特別、優秀というわけではなかったですよ。実は彼はもともとキャッチャーだったんだけど、私がテレビで解説しているのを聞いて、「こんな難しいことはできない」と外野手に転向したらしいんです(笑)。足が速いから外野手としても、そこそこはできましたが、本来は難しいことに挑戦するようなタイプじゃなかった。

二宮: 今では名参謀として野村ID野球を巨人にも浸透させていますね。
野村: どこでどう変わったのかわからないけど、私の影響を受けて成長しましたよね。人間、思考と行動は連動しています。「コーチは選手に対して何を指導すべきか」と聞かれたら、私は「考え方のエキスを注入するのが仕事」と答えますよ。選手が自ら考えるようになれば、プレーも変わってくる。それが目には見えない無形の力になるんですよ。

<現在発売中の『文藝春秋』2013年3月号では野村克也さんへのロングインタビューが掲載されています。こちらも併せてご覧ください>