170622bluetug3「Sportful Talks」は、ブルータグ株式会社と株式会社スポーツコミュニケーションズとの共同企画です。様々な業界からゲストを招き、ブルータグの今矢賢一代表取締役社長との語らいを通して、スポーツの新しい可能性、未来を展望します。

 今回、登場するのは、仙田満さん。建築家として新広島市民球場(マツダスタジアム)の設計を手掛けるなど、様々なスポーツ施設建造に携わってきました。「遊び心」を大切にする仙田さんが考えるスタジアム・アリーナの理想像とは――。

 

 開放的な空間は“閉所恐怖症”だから!?

 

二宮清純: 仙田さんは建築家として数々の作品を設計されました。プロ野球・広島カープの本拠地である新広島市民球場(マツダスタジアム)は近年の代表作のひとつです。

仙田満: 20数社が応募したコンペで、私が出した提案が運良く採用されました。コンセプトは「ダイナミックボールタウン」ということで、元気を喚起する野球場、町に開く野球場をイメージしました。従来の野球場は閉鎖的で、中で何をやっているかが外からではよくわからなかったんです。

 

今矢賢一: 言われてみると、確かにそうですね。

仙田: 私は建築家なんですが、若い頃より閉所恐怖症なところがあるんです(笑)。狭いところが苦手で、壁に囲われているのもダメなんです。だから若い頃はエレベーターや地下鉄にもなかなか乗れませんでした。

 

二宮: マツダスタジアムは確かに開放的ですね。その開放感からか、球場に入るとすぐに“ビール飲みたいな”と思うのですが、その原点は閉所恐怖症だったとは(笑)。デザインする設計者の思想やマインドが作品に反映されるんですね。

170622bluetug1仙田: ええ。それと私は中日球場(ナゴヤ球場)が新幹線の車中から見えたのが好きだったのです。だからマツダスタジアム(写真)も新幹線が広島駅に到着する時、11秒間覗けるというつくりにしました。

 

二宮: 11秒間という時間も全部計算済みだったんですね。

仙田: はい。計算しています。広島駅は新幹線の停車駅なので、到着するまでに減速することも考えました。

 

二宮: 確かに乗客が「あ、野球やっている」と気付けるくらいの時間はありますよね。

今矢: メジャーリーグのボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイパーク周辺にもスタジアムをフェンス越しに眺められるバーがありますよね。スタジアム外にいる人にも少しでも興味を持たせられる工夫はすごくいいなと思います。

 

二宮: 外から中の様子を少しでも覗けることで、“何が行われているんだろう”というドキドキ感がありますよね。

仙田: そうですね。これは野球場だけでなく、あらゆる施設に必要なものだと思われます。

 

二宮: 閉鎖的だと“何が行われているのだろう”と、少し不気味でもありますよね。

仙田: ええ。お金を払って入場しなくても、球場の雰囲気をほんのわずかでも感じることができたら“いつかは見たい”と思うかもしれませんからね。

 

170622bluetug5二宮: 新球場効果は大きいですね。一時(2003年)は約95万人まで落ち込んだ観客動員数も、ここ2年は200万人を超えています。

仙田: 他にもメインコンコースへのスロープはゆったりとした勾配となっていて、そこを登っていくとグラウンドがバンと見えるようになっています。

 

今矢: すごいですね! それはワクワクします。

仙田: そういう球場へ入るまでの期待感と、入った時の感激を演出できることを考えています。

 

二宮: 駅からの動線にも、名選手や現役選手の写真などが掲出されています。球場へ近づくにつれて、段々期待感が高まっていく仕組みですね。

仙田: 球場もある種の劇場みたいなものですから。気持ちをどんどん高ぶらせていく空間的仕掛けが必要なことだと思います。

 

 進化するスタジアムとユニバーサルデザイン

 

二宮: マツダスタジアムは“カープ女子”からも聖地扱いされています。今年1月からはトイレの通路にある鏡も増設されました。女性は並んでいる間に化粧直しもできるという心配り。これも仙田さんのアイデアでしょうか?

仙田: はい。これからの野球場では、女性のファンを大切にしなければなりません。松田元オーナーはそういったことも様子を見ながらどんどん改良していっているんです。

 

170622bluetug4二宮: さらに試合中はトイレの中にいても、ラジオ実況が聴けるようになりました。これまではトイレが混んでいると大事な場面を見逃してしまうこともありましたが、試合の流れがわかるようになったことで、その心配は減りました。顧客目線でも球場が毎年進化しています。それでもまだ改善すべきだという点はありますか?

仙田: アメリカの球場は子どもの遊び場が結構充実しています。私は子どもの成育環境のデザインの専門家です。しかし、マツダスタジアムではまだそれが十分に実現できていません。それをいずれは充実させて欲しいですね。

 

二宮: 収容人数3万3000人のうち車椅子席が142席。マツダスタジアムの車椅子席の割合0.43%という数字はプロ野球団の本拠地の中でトップです。さらには人工肛門や人工ぼうこうを造設した人のためのオストメイト対応型トイレも12カ所設けているなどユニバーサルデザインに配慮したスタジアムとして知られています。

仙田: 車椅子席については、メインコンコースではどこでも車椅子で見られますから、実際には300席は大丈夫といえます。私は眼鏡をかけています。眼鏡を掛けなければ字が読めない。ほとんど誰もが障がい者で、またいつかは障がい者になりえるんです。だからユニバーサルデザインはこれからのスポーツ施設だけでなくて、集客性にもつながるので経済的な効果もあると考えています。工事費からすれば、スロープよりもエレベーターの方が安い。でもそれ以上のお客さんを集める貢献度があると思うんです。

 

二宮: 工事費が安いとはいえ、稼働するエネルギーも考えれば、スロープの方がいいですね。

仙田: 長期的に見ても、そうですね。何よりも安全です。

 

 失われつつある遊び場

 

170622bluetug8今矢: 僕は中学校から高校、大学とオーストラリアに住んでいました。オーストラリアの公園の遊具は日本の公園よりも明らかに子どもたちがワクワクするつくりになっているんです。パッと見ではどのように遊ぶのかわからない形状をしている遊具でも、子どもたちが工夫して遊んでいる姿を見掛けます。

二宮: 日本は遊具はだいたい決まっていて、“これで遊びなさい”という画一的な印象がありますね。

仙田: そうですね。日本は1990年代以前に「児童公園」というカテゴリーがあったのですが、今は「街区公園」に名称を変えています。高齢化社会になって公園を大人が占拠してしまう現状を追認してしまった。子どもの環境を守ろうとするのではなく、名前を変えてしまったんです。だから公園の利用率もこの30年間下がっています。

 

二宮: それは寂しいですね。

仙田: でもようやくここにきて公園の利用率アップのため、公園内に保育園をつくったり、コーヒーショップが設置されるようになりました。スポーツ施設もつくれるようになり、楽しい遊び場に少しずつ変わってきています。

 

今矢: これはやはりルールが変わってきているということですか?

仙田: 法律自体はそれほど変わってはいないのですが、運用の仕方が変わってきたんだと思います。

 

二宮: 日本の公園はブランコ、滑り台、砂場による3点セットという印象です。これは何か決まりがあったのですか?

仙田: それが標準タイプだったんです。

 

二宮: どこに行っても同じという“金太郎飴”のようで個性に欠けますよ。それともうひとつ、よく言われる「都市公園法」ですよね。この法令には改善の余地があると言われています。

仙田: 原則的には自治体の長の権限に委ねられていると言われますが、原則は商業的なものは排除されます。例えば日比谷公園には松本楼のように戦前から有名なレストランがありますが、一般の公園にはつくれません。

 

二宮: もったいないですね。

仙田: 本当にそうです。そういったものを積極的に建てることによって公園の利用率が上がりますから。

 

今矢: 今、東京の二子玉川公園には、コーヒーショップのスターバックスが入っています。週末は結構人で溢れています。

仙田: 富山にある富岩運河環水公園は、私も設計をお手伝いしたのですが、ここもスターバックスが入っていて「世界一美しいスターバックス」と言われているそうです。スターバックスができたことで、年間70万人の利用者が140万人と2倍になった。今や都市的観光地になっています。やはり飲食は大事ですね。

 

170622bluetug2今矢: そうですね。オーストラリアはマクドナルドの中にちょっとした遊具がついていて、子どもと遊べるスペースがあります。誕生日会があれば、そのエリアだけ貸し切ることもあるんです。

仙田: 横浜の山下公園にある「ハッピーローソン」(写真)も手掛けました。これはコンビニエンスストアの「ローソン」に子どもの遊び場とカフェをくっつけたものです。大人気です。

 

“楽しむ”ことを最優先すべき

 

二宮: 安倍晋三首相は未来投資会議でスタジアムやアリーナを「2025年までに20カ所整備する」と語っています。ヨーロッパの一部のスタジアム・アリーナは保育園、病院、スーパーマーケットなどが併設されていて「オールインワン型」と呼べるようなつくりです。日本ではそういったものは難しいのでしょうか?

仙田: そんなことはないと思うんです。スポーツは運動すると同時に休むことも重要です。しかし、そういったことについての意識が日本は薄い気がします。飲食に関しても、事業をできなければいけないので日本の役所が自主運営しているかたちでは限界があると思います。もっと民間的なノウハウを入れないとダメですね。

 

170622bluetug7二宮: そうですよね。それに日本の場合、スタジアムやアリーナで応援していても「酒なんか飲んでいる場合じゃない! もっと真剣に応援しろ!」と言いたげな視線が気になります。

仙田: スポーツ施設のつくり方も「観戦に集中しなきゃいけない」という考えがベースにありますね。私は試合が面白ければもちろん集中しますが、そうでなければ別の楽しみ方があってもいいと思うんです。競技場内を歩き回って「ここから見るとこう見えるんだ」と感じることも悪くない。私はアメリカの球場に行くといろいろなところを歩き回るから、警備の人に怒られちゃう(笑)。

 

二宮: 見る角度によっても楽しみ方が全然違いますからね。

今矢: 海外のテニス大会では会場に入るためのチケットがあります。アリーナ内に入らなくても、外からパブリックビューイングのようなかたちで試合を見ることができて、会場内のワクワク感も味わうことができる。各々の楽しみ方があって、試合中に食べても飲んでいてもいいんです。

 

二宮: 日本の場合は「席を立たないでください!」と注意されることもありますから、楽しみ方もどこか制限されているような気がします。マツダスタジアムが典型ですが、仙田さんの作品には多様性と遊び心が詰まっている気がして、さらなる活躍を、と期待したくなります。

仙田: 私は建築を考えること自体、ほとんど遊びだと思っているんです。だから楽しむことが重要ですし、ある意味、仕事が遊びだとも言えますね(笑)。

 

170622bluetugPF仙田満(せんだ・みつる)プロフィール>

1941年12月8日生まれ。建築家。東京工業大学名誉教授。株式会社環境デザイン研究所会長。東京工業大学工学部建築学科卒業後、菊竹清訓建築設計事務所に入所した。68年に環境デザイン研究所を設立。1978年の毎日デザイン賞を皮切りに多数の賞を受賞した。近年の代表作に新広島市民球場(日本建築家協会賞)、国際教養大学図書館(村野藤吾賞)などがある。

 

(構成・鼎談写真/杉浦泰介)


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