170427bluetug「Sportful Talks」は、ブルータグ株式会社と株式会社スポーツコミュニケーションズとの共同企画です。様々な業界からゲストを招き、ブルータグの今矢賢一代表取締役社長との語らいを通して、スポーツの新しい可能性、未来を展望します。

 今回、登場するのは、境田正樹さん。弁護士として活躍する傍ら、「日本スポーツ基本法」の制定、男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」の立ち上げにも尽力されました。様々なスポーツ団体を見てきた境田さんが見据えるスポーツの新たな可能性とは――。

 

 日本版NCAAを目指す

 

二宮清純: 境田さんはスポーツのガバナンス整備に法律の専門家として尽力されてきました。2011年より施行された「スポーツ基本法」にも関わっていらっしゃいますね。今年3月にはスポーツ庁より第2期のスポーツ基本計画が発表されました。第1期との違いはどんなところにあるのでしょう?

境田正樹: まず第一に、スポーツの成長産業化、具体的にはスポーツ市場規模5.5兆円を2020年には10兆円に、さらに2025年には15兆円へ拡大することを目標として掲げたことです。そのために、スポーツの産業化、地域活性化の基盤としてのスタジアム・アリーナづくりを推進することも重要になってきます。また大学スポーツについても、「国は、大学及び学生競技連盟を中心とした大学横断的かつ競技横断的統括組織(日本版NCAA)の創設支援することにより、大学スポーツ振興に向けた国内体制の構築を図る」として具体的な大学スポーツの振興策を目標として掲げたことも大きな特徴の1つだと思います。

 

170427bluetug5今矢賢一: 他にはどんなことでしょう?

境田: あとは障がい者スポーツの推進に関しても前回計画より充実した内容になっていると思います。そのほかでは、スポーツ団体のコンプライアンスの強化、ガバナンスの徹底、アンチ・ドーピングの推進などについても前回計画より充実した内容になっています。やはり昨今の社会情勢や経済情勢が色濃く反映された内容になっています。

 

二宮: 海外ではプレータイムを契約で保証するようなかたちがあり、アスリートの権利のようにもなっています。日本版NCAAをつくるのであれば、今後はそういったことにも対応していかないといけませんね。

境田: そうですね。今のスポーツ界は競技団体ごとの縦割り構造で、横串の連携は十分ではありませんし、各大学もスポーツに関して他の大学と協働・連携してスポーツ振興に取り組むことが、これまであまりありませんでした。ここの横串、縦串を刺して、競技団体と大学が一体となってスポーツの振興を図ろうというのが日本版NCAA構想です。なかなか実現は簡単ではないですが、100近いスポーツ団体と800を超える日本の大学の総合力、そして産業界のパワーを結集すれば、日本のスポーツ界全体を、さらには日本の社会全体を活性化することができる大きなチャンスになると捉えています。是非、成功して欲しいと考えています。

 

二宮: 横串を刺す上で一番苦労された点は?

境田: 私が委員を務めたスポーツ庁の「大学スポーツの振興に関する検討会議タスクフォース」では、今後、日本版NCAAを創設するにあたって、検討すべき論点を整理しただけですので、具体的に横串を刺すのはこれからです。ただ日本サッカー協会や日本バスケットボール協会など中央競技団体には50年以上の歴史があり、それぞれ自主自律の精神で運営がされてきましたし、大学スポーツを統括する大学連盟は、それぞれの中央競技団体及び各大学競技連盟の間に横串を刺していくという作業はかなり骨の折れる大変な作業であることは間違いありませんね。

 

二宮: B.LEAGUE創設時の苦労に比べると?

境田: 約2年前に、川淵三郎さんと一緒にバスケットボール界の2つのリーグの統合(B.LEAGUEの創設)に関わりましたが、今回の作業量はその比ではありませんので、本当に大変な作業だと思います。さらには大学側も仮に日本版NCAAが立ち上がったとしても、これに簡単に乗ってくれるかどうかもわかりません。なぜなら大学にとって、これまで基本的に大学の運動部の活動は課外活動であると位置付けており、大学側は運動部の活動には主体的に関与しないという立ち位置をとってきたからです。だから学生が競技やトレーニングをする施設や環境の改善を求めたとしても、大学側はなかなか支援してくれないという声もよく聞かれます。

 

二宮: 活動費も大学の支援ではないんですね?

境田: 運動部の活動費の管理についても、基本的に大学はタッチせず、各運動部が独自に管理を行っており、必要な経費はOBやOGからの寄付に頼ってきたというのが多くの大学の実情です。このような現状を改めるべき、大学側は運動部に対し様々な支援を行うべきとしても、おそらく今の大学の運営側に、それを求めることも簡単ではありません。なぜなら、多くの大学において、その実現のために必要な人材も予算も十分には確保されていないと思われるからです。つまり、国からの運営費交付金の削減や少子化の影響等で、厳しい予算管理や人員定数削減を強いられている大学において、スポーツ専門人材を新たに雇ったり、スポーツに特化した予算を新たにつけるということは、裏を返せばスポーツ以外の他部門の定員枠や予算を減らすということにつながりますので、全学的な合意を得ることが容易ではないのです。

 

170427bluetug6今矢: 僕も横串を刺すことには賛成ですね。ただスポーツには規模の差がすごくありますから、スポーツビジネスが存在する競技に関しては可能性を感じますが、スポーツ全体を対象にするとなると、なかなかハードルが高いなと思います。

境田: 確かに難しいと思います。競技ごとに違う歴史がありますからね。

 

二宮: 例えばNCAAのようにディビジョンで分けたら、「なぜウチの大学が下なんだ!」と抗議してくる大学も出てくるでしょうね。

境田: そこも課題の1つですね。私は、アメリカのような階層性のシステムは、日本版NCAAの立ち上げ時には導入しない方が良いと考えています。階層性を導入すると、おそらくディビジョン1に属することができた大学以外の大学からは多くの不満が出てくると思われるからです。階層性の導入のためには、選考のための公正・公平な基準作りや選考プロセスの透明化など、公正性・公平性の担保が必要不可欠ですが、本件では時間的な制約もあり、また規模も大きすぎることもあって、これを担保することが難しいのです。

 

二宮: 境田さんのプランは?

境田: 私は、まずは、多くの大学が日本版NCAAに加盟し、各大学が連携・協働することによって、また、後に述べますが大学のスポーツサイエンスの成果の利用等によって、これまでにはなかった新しい価値やマーケットバリューを生み出すことを目標とすれば良いと思います。そして、その新しい価値やマーケットバリューを統括機関である日本版NCAAが、産業界と連携しながら、上手くマネタライズすることができ、そこから得られた果実を、各大学や各競技団体に分配金やサービスという形で利益還元するという好循環のシステムを構築することができれば、日本版NCAAは成功を収めることができると思います。

 

 スポーツを通じて日本を元気に!

 

今矢: JリーグやB.LEAGUEのように地域密着型を図るのはどうでしょう?

境田: そうすべきだと考えています。例えばA県の大学があったとします。その大学がA県の地方自治体やJリーグやB.LEAGUEのクラブ、地元の経済界などと一体となり、連携・協働して、スポーツの振興のみならず、様々な地域振興に取り組んだ方が間違いなく大学にとっても良い成果をもたらすと思います。これまでにプロスポーツチームが築いてきた実績や経験やネットワークと、大学が持つ人材・教育・研究のリソース、地元自治体や地元経済会業がもつ様々な人的リソースや経営リソースとが融合することにより、間違いなく新しい価値創造やマーケットバリューが生まれるはずだからです。

 

170427bluetug2二宮: 私もそう思います。ただNCAA構想で、例えば箱根駅伝や東京六大学野球や東都大学野球のように関東一極集中化に拍車がかかることも懸念されます。

境田: 私は、地方が元気になって、日本全体が元気になるという制度設計をしなければいけないと考えています。日本版NCAAも自治体と連携しないとダメだと思います。大学、自治体だけでなく、例えばJリーグやB.LEAGUEのチームとも協働する。みんなで力を合わせないと絶対うまくいかない。「スポーツを通じて、日本を元気にするという視点で物事を考えよう」とずっと言ってきました。日本には800を超える大学がありますから、そこが1つになって目標に向かっていくことはとても意義のあることだと思っています。

 

二宮: 先ほど日本版NCAA構想に加えて、障がい者スポーツにも力を入れるとおっしゃっていました。

境田: 大部分の健常者のスポーツ団体は、法人格を取得しており、また長い歴史もあり、元メダリストなど多くのOB、OGに支えられていますので、それなりに団体ガバナンスは機能しています。これまでに蓄積された様々な経営ノウハウも持ち合わせています。これに対し、多くの障がい者スポーツの競技団体の場合は、人材不足や厳しい財政事情により、法人格も取得できないまま、協会の事務担当者がボランティアで事務を担ってきました。

 

二宮: 協会の連絡先が個人というのはよくありますね。

境田: はい。自宅兼協会事務所というかたちで、自らのマンションやアパートで、協会の事務作業を行ったり、自宅の固定電話をそのまま事務局の連絡先としているような団体も少なくありませんでした。その後、2015年には、日本財団が、「日本財団パラリンピックサポートセンター」を設置し、多くの障がい者スポーツの競技団体のオフィスが1カ所に集約されましたよね。そこでは各競技団体のバックオフィス支援や業務コンサル支援、スタッフ雇用費の財政支援まで行われています。その結果、障がい者スポーツの競技団体のガバナンス体制は劇的に良くなってきたと思います。あとは、2021年までとされているこのパラサポセンターの支援システムが、2021年以降も永続化できるかがカギだと思います。

 

二宮: 私も何度か訪問しましたが、あそこはとても画期的ですよね。団体ごとを隔てている壁がない。各競技団体とも情報を共有できるし、オールインワンでできますからね。現在、安倍晋三首相が2025年までにスタジアム・アリーナを20カ所整備しようという構想を掲げています。これには必ず反対する人が出てくる。“そんなお金を出すのなら病院を建てなさい”と。だったらヨーロッパのサッカースタジアムのように医療介護施設、託児所、スーパーマーケットを全部1つにまとめてつくればいいと思うんです。そうすればスタジアム・アリーナ建設に反対する人も少なくなるのではないでしょうか。

境田: 確かにおっしゃる通りだと思います。私は、このスタジアム・アリーナ構想については、ただ単に箱ものを作るというのではなく、二宮さんがおっしゃるように、医療介護施設や託児所、スーパーマーケットなど地域に役立つ拠点、地域を活性化する拠点となることが重要だと考えています。私は、さらに、大学内の様々な学知や産業界の知を結集させたイノベーション創出の拠点としてスマートアリーナを位置付けることも一案ではないかと考えています。

 

170427bluetug4今矢: 具体的にはどういうものがあるのでしょう?

境田: 実は、昨年5月に東京大学の中にスポーツ先端科学研究拠点を新しく創設しました。これまで東大の中には、ニューロリハビリテーション、健康医学、コンピュータサイエンス、数理科学、ロボット工学、身体生理学、スポーツ薬理学、バイオメカニクス、ゲノム生命科学など様々なスポーツ関連分野の研究者が多数いたのですが、それぞれが連携・協働して研究を行うことはほとんどありませんでした。今回のスポーツ先端科学研究拠点では、それら研究者が一体となり連携・協働して先端スポーツ科学研究を推進する計画を立てています。

 

今矢: そこでは何が行われるのでしょう?

境田: この拠点の主要な研究計画の1つは、テーラーメイド型アスリート強化プロジェクトです。このプロジェクトでは、各競技のトップアスリートや学生アスリート、さらに一般の人々から収集された様々なバイタルデータや動作解析情報、そして各研究分野で過去に蓄積された研究データ、さらにこれまでに発表された論文などを、人口知能やスーパーコンピュータなど高度情報解析装置を用いて統合的に解析します。それによって、アスリートに関する統合・知識データベースを構築するとともに、個々のアスリートに最適のトレーニング方法やリハビリ方法を開発し、提供することを目的とするものです。また、学内のVR(仮想空間)やAR(拡張現実)の最新技術を活用し、新たなトレーニング手法の開発、スポーツと社会をつなぐための観戦体験拡張、スポーツの記録・再現・解析手法の新たな開発などにも取り組みたいと考えています。これらによって日本のスポーツ界全体を科学的にサポートすることができる研究基盤を構築することができればと考えています。

 

二宮: それは新しいアプローチですね。

境田: 今後、日本でスマートアリーナやスマートスタジアムを設計する際には、大学、研究機関、企業、自治体等が連携して、データ収集スタジオ型アリーナを目指すべきだと考えています。例えば、アリーナ内の選手のバイタルデータやフォーメーション、動作解析情報を最新のセンシング技術によりリアルタイムで取得し、その解析結果を瞬時に選手やコーチに即時にフィードバックすることにより、競技力やパフォーマンス技術の向上につなげることです。またRGB-DカメラやVR用カメラで撮られた魅力的なVRコンテンツを外部にライブ配信することで、観客はVRカメラと連動したVR観戦を楽しむことができる。その他にも様々なICT技術を用いてアリーナを魅力的なアミューズメント空間に仕立てること。このようなコンセプトの設計が必要ではないかと考えています。

 

二宮: なるほど。そこでの知見というか、ソリューションができた場合は世間にも落とし込んでいくと?

境田: もちろんです。スマートアリーナやスマートスタジアムは、大学や研究機関、地元企業の新しいテクノロジーや未来産業のショールームとしての役割も果たし、アスリートや観客、学生や地域住民が新しいスポーツ体験をできたり、最先端のスポーツ科学を学べたりすることができる、そのような拠点となれば、地域の活性化や経済の発展にもつながると思います。

 

 パラリンピックが社会を変える

 

今矢 その中でもパラアスリートは社会的に還元できるものも大きいのではないでしょうか。

境田: 我々、東京大学スポーツ先端科学研究拠点も昨年5月に、日本スポーツ振興センターと日本障がい者スポーツ協会、日本パラリンピック委員会とも学外連携協定を締結しました。定期的に話し合いも進めています。

 

170427bluetug3今矢: パラサポセンターが横串でできている状態は素晴らしいと思うのですが、2020年までの期間限定になってはいけない。これを継続していくためには、実務能力があって、結果を残せる人材が必要となりますし、そういった人材を外部からでも呼べるような環境をつくるべきです。

境田: そうですね。やはり2020年までは、スポンサーからそれなりのお金も入り、パラサポセンターも手厚いサポートをしてくれている。今は恵まれた環境になりつつあります。だから今のうちに、2020年以降も障がい者スポーツ全体が発展するような仕組みを真剣につくらないといけないと考えています。私もそのような危機感は持っていますね。

 

二宮: 超高齢社会をにらんだ時に障がい者スポーツとは親和性があると思うんです。そこで何かをフィードバックできるようなことがあるはず。だからパラアスリート自身も、もっと積極的に“自分たちはこういうことができる”と提案していかなければいけない。

今矢: 選手側の意識改革も必要ですね。幸い、そういう意識を持っている選手はいます。彼ら、彼女らのプロフェッショナリズムがもっと伝わっていけば、変わっていくのかもしれません。

 

二宮: 私は東京パラリンピックが日本を変えると思っています。境田さんはどうお考えですか?

境田: まさにパラリンピックの成功が日本を大きく変える大きなきっかけとなると考えています。パラリンピックには様々な可能性がありますので、今後の展開がとても楽しみです。

 

境田正樹(さかいだ・まさき)プロフィール>

17buletug1963年11月27日生まれ。弁護士。東京大学理事。スポーツ審議会委員。これまでスポーツ基本法の制定をはじめ、スポーツ団体のガバナンス強化、改善に関わってきた。男子プロバスケットボール「B.LEAGUE」の創設にも尽力し、現在はジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグの理事を務める。16年5月には東京大学スポーツ先端科学拠点開設を主導した。

 

(構成/杉浦泰介)


◎バックナンバーはこちらから