気のせいだろうか。スペイン2部のテネリフェでプレーしている柴崎が、急速に変わってきているように見える。

 

 プレースタイルが、ではない。というより、プレーに関してはようやく本来の姿を取り戻しつつあるといったところだろう。チームの5月最優秀選手に選ばれたのも、当然と言えば当然。昔ならばいざ知らず、日本代表でも中核を担おうかという男であれば、これぐらいはやってくれなければ話にならない。

 

 わたしが変わってきたと感じるのは、彼の顔つきである。そして、その理由については、思い当たるところがある。

 

 1部昇格をかけたプレーオフの準決勝、テネリフェの相手はアンダルシア地方の名門カディスだった。敵地での第1戦、こぢんまりとしたスタジアムは満員の観衆で埋まり、空路はるばるカナリア諸島から乗り込んできた選手たちは、猛烈なブーイングにさらされた。

 

 かつて、バルセロナからレアル・マドリードへ掟破りの移籍をしたルイス・フィーゴという選手が白いユニホームを着てカンプ・ノウに姿を現した試合で、憎悪をたぎらせた観客が豚の首を投げ入れた事件があった。そして、それはフィーゴがCKを蹴ろうとした瞬間の出来事だった。CKは、ホームの観客がアウェーの選手に罵声を浴びせる最高の好機でもある。

 

 柴崎は、ここにきてセットプレーのキッカーを任せられるようになっていた。

 

 「MONO!」

 

 何本目のCKだっただろうか。柴崎がコーナーフラッグに向かう途中、テレビの音声がそんな叫び声を拾ったように思えた。MONOとは日本語でいうところの猿。スペインでプレーする有色人種が、スタジアムで浴びせられることの多い罵声である。

 

 敵地での初戦を0―1で落とし、ホームでの勝利が絶対条件となった第2戦、柴崎は右からのクロスを右サイドキックで慎重に決め、リーグ戦の順位で勝るテネリフェを決勝にまで導いた。スポニチでも伝えられた通り「彼の銅像を作るべきだ」と口にする選手が現れるほどの活躍ぶりだったが、それは結果を残せたからのこと。0―0の段階で柴崎が直接FKを大きく外した時は、非難の口笛が響きわたっていた。

 

 こういう環境で戦っていれば、顔も目つきも変わる。

 

 単にリーグとしてのレベルを比較するのであれば、スペイン2部よりはJ1の方が上だとわたしは思う。だが、良くも悪くもお上品なJのスタジアムでは、選手が差別的な罵声を浴びることも、チャンスを外したエースが非難されることも、世界基準からすればずいぶんと少ない。それは素晴らしいことであるが、世界基準で罵声を浴びている選手ほどのたくましさは得られにくい。

 

 誤解を恐れずに言えば、柴崎の顔は急速に険しさを増した感がある。これからの彼は、きっと、別人である。

 

<この原稿は17年6月22日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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