昨季いっぱいでJリーガーとしてのユニホームを脱いだ榎本達也。今季からアカデミーコーチを務めているのだが、「自分の言葉の知らなさを痛感している」という。取材を通し、榎本はブラインドサッカーについて、そこで得た気付き、自らの生い立ち、Jリーガー時代のエピソードなどをわかりやすく、時にジョークも交えて私に話してくれた。彼の持論を聞くのはとても楽しかった。そんな榎本のことを「言葉を知らない」とは、到底思えなかった。

 

 榎本本人が口にする「言葉を知らない」とは、どういうことなのか。それは子供を相手にするアカデミーコーチ特有の悩みだった。

 

「教える子供たちの年齢によってもサッカーの理解度は違う。同じ学年でも、理解度はそれぞれです。ここに子供が30人いたら、全員がわかってくれるように30通りの言葉、30通りの説明の仕方ができないといけないんだと、感じました。いかにかみ砕いて子供たちに落とし込んであげるのかがとても大事なんです」

 

 Jリーガー時代に若手にアドバイスをすることはあった。教えることの経験はあれど、大人が理解できる言葉と子供の理解できる言葉は同じではないということだろう。榎本は先輩コーチの振る舞いを見て、自らの肥やしにしている。子供の指導を通して、榎本自身も成長しているのだ。

 

 彼は「楽しさの質」について、こだわりをもっている。子供に楽しいと感じてもらうためには、遊びの要素を多く取り入れればいい。しかし、FC東京のスクールは単純な楽しさは提供しない。プロサッカークラブが母体になっているスクールならではの理論が根底にある。

 

 愛情溢れる“榎本論”

 

 榎本はその質について、こう語る。

「鬼ごっこをする楽しさとボールを蹴る楽しさ、仲間と協力してゴールを目指す楽しさは、どれも楽しさの意味合い、質が違うと思うんです。鬼ごっこをして“わー! きゃー!”と騒いで得られる楽しさを求めてボールを扱ってしまうと、また雰囲気が変わってしまう。目的の無いただのボール遊びになってしまう。狙った通りパスが繋がったから楽しい、相手をドリブルで抜けたから楽しい、作戦通りボールを奪えたから楽しい。最終的には試合に勝って得られる喜び、楽しさを子供たちには感じてほしい。楽しさにもいろいろあると思いますが、“ただ、雰囲気的に何となく楽しい”だったら、ここのスクールなくても良いのかな、と。僕はそこの基準は下げたくないと思っています」

 

 榎本の考えを聞いていて、子供たちに目的意識をもって欲しいという思いが感じられる。アカデミーコーチ業のことを話す榎本からは「せっかく、子供たちはFC東京のスクールに来ているのだから」という真摯な思いが伝わってくる。サッカースクールである以上、サッカーを教えるのは当たり前だ。だが、榎本の話を聞いていると、サッカーを通して、人として大切なことを教えようとしているのではないか、と思えた。そこで私は、「FC東京のサッカースクール生に、将来、どういう人間になって欲しいか」と訊ねた。榎本は力強く「チャレンジできる人になって欲しい」と答え、こう続けた。

 

「ミスを恐がって欲しくないです。ミスをするということは、自分が一歩踏み出した結果です。チャレンジしたからこそ、成功と失敗がある。何も踏み出せないでいたら、成功も失敗もない。ゴールを決めるにもシュートを打たないといけない。シュートを打つには勇気がいる場面も、当然あると思う。でもそこでチャレンジしないとゴールは生まれません」

 

 仮にシュートを外してしまっても、原因を追究することで自己の成長に繋げられる。ゴールが決まっても、なぜうまくいったのか考察することで同じ場面でのゴール決定率を上げられる。しかし、「チャレンジしないと、成功も失敗もない」(榎本)。育成年代にとって、一番大切な成長するためのヒントが得られないのだ。

 

 アカデミーコーチに就任して約10カ月。「僕が気付かされることも多い」と振り返る。子供にチャレンジすることを要求する彼は、自身もチャレンジを続けている。それは元Jリーガーとしては初の試みとなるブラインドサッカー転向である。未知の舞台で、榎本は多くの気付きに出会い、学んでいる。

 

(最終回につづく)

 

<榎本達也(えのもと・たつや)プロフィール>

1979年3月16日、東京都練馬区生まれ、埼玉県蕨市育ち。1歳年上の兄の影響でサッカーを始める。浦和学院高校卒業後、1997年に横浜マリノス(当時)に加入。98年にはU-19日本代表としてAFCユース選手権で準優勝を経験した。2002年には正GKとしてリーグ完全優勝を果たす。2007年以降はヴィッセル神戸、徳島ヴォルティス、栃木SC、FC東京でプレーし、16年シーズンで現役を引退。今年からFC東京アカデミーコーチを務めるとともに、ブラインドサッカー日本代表強化選手に選出された。Jリーグ通算290試合出場。身長190センチ、体重82キロ。

 

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(文・写真/大木雄貴)

 


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