6月30日、一軍スタメンに「金子侑司」の名前が久々に登場した。5月18日以来、約1カ月半ぶりのことだ。ルーキーながらオープン戦から結果を出し、見事に開幕スタメンの座をつかんだ金子は、開幕戦でいきなり2安打1打点。5試合目にはプロ初ホームランを放った。慣れない外野守備でのミスを十分にカバーする積極的なバッティングで、一時は打率4割台をマーク。パ・リーグ新人王の有力候補に躍り出た。だが、5月に入ると、徐々に金子のバットから快音が聞こえなくなっていった。そして、5月19日、金子は一軍登録を抹消される。一度は一軍に復帰したものの、試合には出場しないまま、2日後には再びファーム行きを命じられた。開幕から約3カ月で天国と地獄を味わった金子。果たして、その時彼はどんな思いを抱いていたのか――。
 1月の新人合同自主トレーニング、春季キャンプ、オープン戦……開幕前から金子の活躍は新聞やテレビで頻繁に報道され、その名は瞬く間に全国のプロ野球ファンに知れ渡っていった。迎えた3月29日の開幕戦。金子は「7番・ライト」で先発し、4打数2安打と結果を残した。4月に入るとますます金子のバッティングは冴えわたる。4月3日には今季の新人では一番乗りとなるプロ初ホームランを放つなど、5打点をマーク。その後もヒットを量産し続け、一時打率は4割台をマークした。この時期、好調だった理由を金子はこう分析する。

「キャンプの時に、1年目で周りも全然わからない今、何を大事にして野球をやっていこうかって考えたんです。もちろん、練習していることを実戦で出すということも大事ですが、まずは自分のプレーを思い切ってやることが一番大事かなと。それを開幕後もずっと忘れずに試合に臨むことができたので、強い気持ちでプレーすることができました。それがバッティングにもつながったんじゃないかなと思います」

 好調の要因は“思い切りの良さ”

「思い切りよく」「強い気持ちで」とは、これまでもさまざまなインタビューで金子が口にしてきた言葉だ。それが顕著に表れたシーンが2つある。まずは開幕戦の北海道日本ハム戦だ。この試合、金子は「7番・ライト」でスタメン出場を果たした。しかし、2−2の同点で迎えた6回表、金子は痛恨のミスをたて続けに犯してしまう。2死二塁の場面、日本ハムの大引啓次がライト前へ。この打球を金子は後逸し、二塁ランナーを返してしまう。

 さらに次打者は“二刀流”で話題の大谷翔平。ライトの浅めに飛んだ大谷の打球を金子は猛進し、果敢にスライディングキャッチを試みるも、あと一歩のところで届かずにワンバウンドとなる。この時、ランナーが目に入り、慌てたのだろう。すぐに捕球して送球しようとした金子の右手から、ボールがスルリとこぼれ落ちた。その間にランナーが返り、西武は2点のビハインドを負った。

 その裏、金子は先頭打者として打席に入った。プロ1年目の開幕戦で失点を招くミスを連発した直後である。すぐに気持ちを切り替えるのは無理であろう……。ところが、次の瞬間、金子のバットから快音が鳴り響いた。思い切りのいいスイングで、鋭い打球をライト前へ運んでみせたのだ。この時の打席を金子はこう振り返った。

「失点を招くミスをしてしまって、チームに迷惑をかけているなとは思ったんですけど、してしまったものはいくら悔しがったところで、その時間は帰ってこない。それがバッティングにも影響したら、もっとダメだなと。だから逆に『打てばいいやろ』くらいの強い気持ちで打席に入って、思い切って振ったんです」
 この一本が、その後の好調の礎となった。

 そして、もうひとつは4月3日の福岡ソフトバンク戦である。この試合、金子はソフトバンクの先発、同じルーキーの山中浩史から2回裏の1打席目に2点タイムリーとなる三塁打を放っていた。そして4回裏、1死二、三塁の場面で2打席目迎えた。すると、ここでソフトバンクの秋山幸二監督は右の山中から左の山本省吾に代えた。無論、秋山監督が金子がスイッチヒッターであることを知らないわけはない。それでもあえて左の山本に代えたのである。そこで金子は右打席に入り、山本のスライダーをレフトスタンドに運んでみせた。この一発は金子にプロとしての大きな自信を与えた。

「1打席目に左でタイムリーを打って、次の打席で左ピッチャーに代えてきた。そこでまず『あ、自分はマークされているんだな』と思って嬉しかったんです。そして、右でホームランを打てた。これまでスイッチとしてやってきた自分が、プロでもスイッチとしてやっていこうと決心して、それがああいうかたちで結果として表れた。スイッチを続けてきて良かったなと思いましたし、『よし、これからもスイッチでやっていくぞ』と改めて思えました」
 この試合、西武は6−2でソフトバンクを破り、単独首位に躍り出た。ルーキーの思い切りのよさが、チームに勢いをもたらせていたことは想像に難くない。

 光を見出したイースタンでの1本

 だが、長いシーズン、そういいことばかりが続くものではない。5月に入ると、打率が3割を切るようになり、1番を任されるようになった8日の千葉ロッテ戦以降、金子は徐々にバッティングフォームが崩れていくのを感じていた。疲労からか、体のキレがなくなり、思うような動きができなくなっていく中で、打率は下がる一方だった。

「バッティングの感覚が急に変わっていったんです。修正しようにも、何が悪いのかがわからなかった。とにかくこのままではダメだと思って、タイミングの取り方や、バットのトップの位置を変えてみたりしたのですが……。そしたら逆に深みにはまってしまって、何をどうしたらいいのか全くわからなくなってしまいました」

 キャンプから好調だった金子は、余計なことを考えずに、思い切りよくバットを振ることだけに集中していた。それが結果にもつながっていたのだろう。だが、不調な時ほどいろいろと考えてしまうものである。アレコレ考えるうちに、金子は本来の「思い切りの良さ」を出したくても出せなくなり、自分のバッティングを見失ってしまったのだ。バッティングでの不調は、守備にも影響した。時には自らのエラーで試合の流れを変えてしまったこともあった。

 そして、5月18日の日本ハムとの試合終了後、金子は監督室に呼ばれ、渡辺久信監督からファーム行きを命じられた。
「今はオマエの力が出せていない。この状態でずっといても、何も変わらない。1度、下に行ってこい」
 金子は指揮官の言葉を聞きながら、「絶対に一軍に戻ってくる」と決心していた。
「もちろん、悔しさとかショックもありました。でも、開幕からずっとスタメンで出場させてもらって、自分の可能性というものも感じることができた。だから、前向きにとらえて頑張ろうと思いました」

 しかし、翌日からイースタンリーグの試合に出場した金子だが、体のキレは戻らず、モチベーションもなかなか上がらなかった。そこで5月末の約1週間、金子は試合には出ず、練習をしながら疲労をとることに専念した。その間、金子は身心ともにリフレッシュし、「よし、ここからだ」と気持ちを入れ直した。

 とはいえ、失ってしまった感覚を取り戻すことは容易ではなかった。「これかな」とつかみかけたかと思うと、すぐに消えてしまう。しばらくはその繰り返しだった。だが、6月18日のイースタンリーグでのロッテ戦、金子はしばらくぶりの感覚をつかんだという。2打席目、金子はロッテの伊藤義弘のインコース高めのストレートを右中間に運び、三塁打を放った。この時、金子は自分のバッティングが蘇ったような感覚を覚えていた。

「自分はピッチャーとの“間”、ボールを見る“間”、タイミングの取り方をすごく大事にしているんです。そういう中で、18日のロッテ戦での三塁打は『これだ』と思いました。ほんのささいなことなんですけど、自分の一番好きなインコースの真っ直ぐを気持ちよく打てたのは本当に久しぶりでした。言葉ではうまく説明できませんが、ピッチャーから投げられたボールが自分の手元に来るまでに、すごく余裕があったんです」
 さまよい続けた暗いトンネルの向こうに、一筋の光が見えたような気がしていた。

 金子は6月28日に一軍登録され、30日からは再び一軍の舞台に復帰した。課題は山積しているが、23歳のルーキーの前には無限の可能性が広がっている。
「この3カ月、いい思いもしましたし、苦しい思いもした。新人にしては、本当にたくさんの経験をして充実した時間を過ごせたんじゃないかなと思います。いいことも悪いことも経験は次に生かすためのもの。これから一軍で活躍し続けるためには、そうした経験をムダにしないことが大事だと思っています。悔しかった気持ちを忘れなければ、絶対に頑張れると思います」
 現在、西武は首位東北楽天と3ゲーム差の3位。果たしてチーム浮上の原動力に金子はなれるのか。真価が問われるのはこれからだ。

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(斎藤寿子)