第389回 アンソニー・ジョシュアvs.デオンテイ・ワイルダー戦は実現するのか ~2018年ボクシング界にとって重要なファイト~

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(写真:カリスマ性も備えたジョシュアだが、PBCのプロモートの拙さもあって、全米的な知名度を得るには至っていない。 Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

 現在のボクシング界で最も待望されているカードが、WBA、IBF世界ヘビー級王者アンソニー・ジョシュア(イギリス)vs.WBC同級王者デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)であることに疑問の余地はないだろう。

 

 20戦全勝(20KO)のジョシュアと、39戦全勝(38KO)のワイルダー。2人合わせて3つのタイトルを持つ巨人たちによる米英対決は、実際にまとまれば世界的な話題を呼ぶはずだ。

 

 10月28日にはジョシュアがイギリスで、11月4日にはワイルダーがニューヨークで、それぞれ最新の防衛戦をKOで飾った。その前後から、ヘビー級頂上決戦の早期実現を望む声が一気に増えてきている。

 

 一般的な評価はスキルと安定感に勝るジョシュアが上だが、ワイルダーも身体能力、ステップインのスピード、何より、全階級を通じても最高級の破壊力とみなされる右パンチを持っている。決着の瞬間まで、瞬きもできないようなファイトになることは確実。さて、私たちファンは近い将来にこの2人の統一戦を目撃できるのだろうか。

 

 今も昔も、ピークにいる二大スターのビッグファイトをまとめるのは簡単なことではない。ファイトマネー分配、開催地、放送するテレビ局の決定、スポンサーなど、決めなければいけないことは山積み。今回の場合、両選手、そのプロモーターが2カ国に分かれていることも交渉の難しさに拍車をかけている。

 

 もっとも、ジョシュア対ワイルダー戦は比較的近いうちに成立するという楽観論を語る関係者は意外に少なくない。タイソン・フューリー(イギリス)が引退状態の今、現在のヘビー級でメガファイトと呼べるのはこのカードだけ。どちらかが番狂わせで負ければ、その時点で大金を稼ぐチャンスは消失するだけに、2人は早い時期に勝負に出ると思われているのだ。

 

 50-50ではない商品価値

 

 ジョシュアを抱えるマッチルーム・スポルトが11月11日にアメリカで初の主催興行を行った際にも、英国人プロモーターのエディ・ハーンには盛んにヘビー級統一戦に関する質問が飛んでいた。ハーンはジョシュアvs.ワイルダーの開催には前向き。ただ、ジョシュアこそがこの試合の“Aサイド(主役)”であり、ワイルダーが割安のファイトマネーを飲まなければいけないことを強調していた。

 

(写真:今年4月のジョシュア対クリチコ戦は歴史的な人気を博する大興行になった)

「みんながこの試合の成立を望んでいるが、“報酬分配を50-50にしたい”というワイルダーのコメントは問題だ。デオンテイはアンソニーの1/8しか稼いでいない選手。前の試合(11月4日のバーメイン・スティバーン(アメリカ)戦)でも売れたチケットは4000枚くらいだろう。今戦はジョシュアの望む場所で行われるべきなんだ」

 ハーンのそんな言葉通り、ともに世界タイトルを持つ王者ではあっても、現時点での興行価値は比較にならない。ジョシュアは今年4月の元王者ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)戦ではウェンブリー・スタジアムに9万人以上の大観衆を集め、先月のカルロス・タカム(フランス)戦でも約7万8000人を動員。イギリスでの人気はすでにボクシングの範囲を遥かに超越している。

 

 一方、2015年1月に獲得したWBC王座をすでに6度も防衛したワイルダーだが、米国内でもスーパースターとは呼べない。スティバーン戦のチケット売上4000枚のみというのはオーバーにしても、アル・ヘイモンが音頭をとる“プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)”の興行の通例通り、観衆1万924人は無料券を配って水増しされた数だとされる。

 

(写真:ワイルダーはジョシュアを相手に実力する証明する機会を熱望している Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

「ジョシュアがロンドンの街を歩いたらとてつもない騒ぎになる。しかし、ニューヨークのタイムズスクエアでワイルダーを知っている人がどれだけいる?」

 ハーンのそんな指摘は大げさではなく、端的に言って、このカードの成立はワイルダーが明白なBサイド(脇役)の条件を飲めるかどうかにかかっている。実際の知名度と商品価値を考えれば、報酬分配は本来ならジョシュア70-30ワイルダーくらいが妥当だろう。ワイルダーが50-50、60-40の条件にこだわった場合、話がこじれることになりそうだ。

 

 前哨戦のカードがカギ

 

 今後、交渉がうまく進んだと仮定して、“早ければ3月に挙行”という報道もあったが、これはさすがに時期尚早だろう。来年2、3月にそれぞれ前哨戦を行い、2018年夏か秋に開催というのが現実的なところではないか。

 

 例えば次戦でジョシュアが無敗のジャレル・ミラー(アメリカ)、ワイルダーがコンテンダーのディリアン・ホワイト(イギリス)と戦う米英ダブル・メインイベントでも行えば、前振りとしてはベスト。そんな興行をロンドンから便の悪くないニューヨークで開催すれば、ジョシュアにもメリットは大きい。約20年前にナジーム・ハメッド(イギリス)がマディソン・スクウェア・ガーデンでケビン・ケリー(アメリカ)をKOしたときと同様、多くの英国人ファンが訪れ、センセーショナルなイベントになるはずである。

 

(写真:11月4日にはバーメイン・スティバーンを初回KOして鬱憤を晴らしたが、ここまでのワイルダーは強豪相手の対戦経験はほとんどない Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

 それが難しくとも、ジョシュアがWBO王者ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)と統一戦、ワイルダーが因縁のある指名挑戦者のドミニク・ブリージール(アメリカ)あたりと防衛戦をするのも悪くない。いずれにしても、直接対決前にもう1つは注目のカードを挟む必要があるだろう。

 

 ワイルダーが全国区ではないことを考えれば、現状、アメリカ国内でジョシュア戦のPPV売り上げが100万件を突破することは考え難い。しかし、できればアメリカ開催で、適切な前哨戦を組み込めば話は大きくなる。ジョシュアvs.ワイルダーが最終的にイギリス開催になろうと、ラスベガスが舞台だろうと、プロモーション次第で正真正銘のビッグイベントになる。

 

 今こそハーン、ヘイモンの腕の見せどころである。この楽しみな統一戦を来年夏~秋頃に決戦を挙行できれば、最重量級に世界的なスポットライトが当たることになる。勝者はマイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールド(ともにアメリカ)、レノックス・ルイス(イギリス)らがしのぎを削った時代以来、久々に世界的な知名度を得るのだろう。そのときには、アメリカ、イギリスのボクシングシーンは大きな勢いを得る。そんなシナリオを現実のものとすべく、この試合が最善のタイミングで実現するかどうかは、業界全体にとって極めて重要な意味があるのだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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