今季、信濃グランセローズとのグランドチャンピオンシップを制し、独立リーグ日本一に輝いた徳島インディゴソックスは、ドラフトで2人の選手をNPBへ送り出した。西武3位指名の伊藤翔と、中日から育成1位指名を受けた大藏彰人だ。前回の伊藤に続き、今回は大藏に話を聞いた。190センチと恵まれた体格ながら大学時代に挫折を味わい、野球を辞めようとしたこともある。山あり谷あり、大藏の野球人生とは?

 

 野球を諦め就職活動

 指名されたときは「まさか、自分が」という気持ちでした。徳島に入団して前期は登板がなく、後期に投げただけだったので本当に驚いています。中日のスカウトの方からは「(右打者に投じる)外のストレートに魅力を感じた」と言っていただきました。1日でも早く支配下を勝ち取り、1軍選手を相手に投げてみたいですね。

 

 NPBに進むということで、今は本当に「野球を辞めないで良かった」と思っています。というのも大学時代(愛知学院大)に、一度、野球から離れたんです。大学3年の秋、愛知大学リーグで2部落ちした際、その入れ替え戦で投げて敗戦。自分のせいで降格したんだと責任を感じて、その後、精神的に立ち直れなかったんです。同時に3年の春くらいから腰も負傷していて、メンタルと肉体、両方のダメージで「もう野球は無理だ」と。

 

 だから3年の秋以降は就職活動をしていました。それでも同級生や周囲の人たちが「戻ってこいよ」「野球辞めるなよ」と声をかけてくれたんですが、なかなか戻る気になれず……。でも同級生が本当に熱心に誘ってくれて、7月に野球部に復帰しました。

 

 1年近くボールに触れてなかったので想像以上に体が動かなくて驚きましたが、なんとか1カ月で元通りに投げられるようになって、4年秋は3試合に登板しました。この登板は今でも全部、鮮明に覚えています。

 

 最初は8回から登板して9回まで2イニングをゼロ封。次は5回から登板して延長戦になり、14回まで投げきりました。そして3試合目、これは負けたら1部に復帰したばかりなのに入れ替え戦に回されるという崖っぷちの試合だったんですが、ここで完封。ようやく3年秋の悪夢から覚めたような気持ちでした。

 

 このときのピッチングで「もうちょっと野球を続けよう」という気持ちになり、四国アイランドリーグのトライアウトを受けて、徳島に入りました。

 

 的確すぎた監督の指導

 徳島では学生野球と比べると応援のされ方も違うし、何よりも周りの選手の意識の高さに気持ちが引き締まりました。大学時代は自主練となると帰ってしまう選手もいたけど、アイランドリーグでそういう選手は誰もいない。常に自主的にトレーニングや練習に励んでいたので、自分も刺激になりました。

 

 入ったばかりのときは体が細く、前期は試合に出るとかではなくトレーニングの毎日でした。おかげで体重は14キロ増の88キロ。後期、好投できたのはトレーニングの成果だと思っています。

 

 養父鐵監督には「マウンドでガッツポーズをしなくていい。あとベンチには歩いて戻ってこい」と言われました。これまで高校、大学でそのような指導をされたことはありませんが、養父監督によると「お前はピッチングが気持ちに左右される。ガッツポーズしたり、走って帰ってくると気持ちに波ができる。そうしないためにもガッツポーズはしなくていいから」ということだそうです。

 

 確かにこれまで自分の投球を振り返ると、いいピッチングをしていても急に崩れることがあった。養父監督の教えを意識するようになってからは、ランナーを出しても、ヒットを打たれても、淡々と投げられるようになりました。こんなに変わるものか、と驚きましたね。監督は選手ひとりひとりに合わせたアドバイスをしていて、この指導が受けられただけでも徳島に入ってよかったと思っています。

 

 技術面では「グローブがバッターにまっすぐ出てない」と指摘されました。腰を縦に切る投球フォームなのに、これまでは左手を横に切るように使っていたんです。それも言われるまでは気づかなかったんですが、アドバイス通りに縦に切ることを意識したら確かにボールが変わりましたね。

 

 NPBでは川上憲伸さんや浅尾拓也さんのように、まっすぐで押せるピッチャーになりたいです。そしていずれは自分も憧れられるような存在に成長したいですね。

 

 高校、大学と野球部で過ごしましたが、徳島での1年間が自分の野球人生で一番、伸びたと思っています。球速も大学卒業後、7キロアップの147キロですから。

 

 徳島という初めての土地でしたが、皆さんの応援とサポート、スタッフや監督、コーチの指導のおかげで夢に近づくことができました。NPBで活躍する選手になって恩返しをしたいと思っています。応援ありがとうございました! これからもよろしくお願いします。

 

<大藏彰人(おおくら・あきと)プロフィール>
1994年5月15日、愛知県生まれ。小学3年から野球を始め、小中はチームにエースがいたため野手兼投手として過ごす。大垣西高(岐阜県)に進学後、主戦投手となった。甲子園出場経験はないが岐阜大会準優勝で東海大会に出場。大学は愛知学院大に進み、3年春季リーグで最優秀選手賞を受賞。その後、腰を負傷したことと秋・入れ替え戦敗戦の責任を感じて休部。4年7月に復帰して秋季リーグ3試合に登板。チームを降格危機から救った。大学卒業後、17年に四国IL・徳島に入団。後期10試合に登板し3勝3敗、48奪三振、防御率3.00。同年秋、中日から育成ドラフト1位指名を受け入団。身長190センチ、体重88キロ。右投右打。背番号206。


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