洪水のような相撲報道が続いた昨年12月、心の痛む事故のニュースが報じられた。阪急京都線の上新庄駅で、視覚障がい者と見られる高齢者がホームから落ちたところを列車にはねられ、死亡したのだ。

 

 事故のあらましは、こうだ。

<上新庄駅のホームは対面式。上下線とも点字ブロックが設けられているが、ホームドアはない。駅ホームに取り付けられた防犯カメラの映像には、つえをついて歩く女性が線路の方に寄りかかりながら歩き、転落する様子が記録されていた>(毎日新聞夕刊2017年12月18日付)

 

 駅での視覚障がい者の転落事故については、小欄でもたびたび取り上げてきた。2年7カ月後に迫ったパラリンピックが、いよいよ心配になってくる。

 

 社会福祉法人日本盲人連合会と毎日新聞が2016年12月に実施したアンケート調査によると、回答者の31.5%にあたる70人がホームからの転落を経験している。実に3人に1人の割合である。アンケートに協力した視覚障がい者の約90%が求めたホームドアの設置は、もう待ったなしのところまできているのではないか。

 

 過日、08年北京パラリンピック柔道日本代表の初瀬勇輔と対談する機会があった。初瀬は東大法学部を目指して浪人中に緑内障を患い、右目の視力を失った。東大受験には失敗したものの、中大法学部には合格。弁護士を志したが、猛勉強の最中に今度は左目の視神経を痛め、こちらも失明してしまった。

 

 生きる望みを失った初瀬を救ったのが中学時代に始めた柔道だった。北京パラリンピックではメダルなしに終わったものの、2年後のアジアパラ競技大会では90キロ級で金メダルを胸に飾っている。

 

 今や視覚障がいを持つアスリートのリーダー格である初瀬は視覚障がい者の相次ぐホーム転落事故を防ぐ上で「ホームドアの設置は急務」と訴える。「パラリンピックで計6個のメダルを獲得した水泳の木村敬一君だって2回ぐらい転落事故を経験しているんです。あれだけ若くて運動神経の良いメダリストだって、(転落を)防ぐことはできないんです。一般の視覚障がい者の場合はもっと危険です」

 

 予算は限られている。安全対策のプライオリティーもあるだろう。しかしホームドアさえあれば、どれだけの命が救えていたか。緊急を要する社会的課題である。

 

<この原稿は18年1月3日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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