(写真:ハリルホジッチへの感謝の言葉を口にしつつも「勝つために」決断したと語った田嶋会長)

 日本サッカー協会(JFA)は9日、都内で会見を開き、日本代表監督のヴァイッド・ハリルホジッチを4月7日付で解任したと発表した。信頼関係の欠如とコミュニケーション不足が主な解任の理由だ。日本代表の指揮官がW杯本大会直前に交代するのは初めてのケース。後任は西野朗技術委員長が務める。

 

 日本代表はこの3月のベルギー遠征でマリ代表に1対1で引き分け、ウクライナ代表に1対2で敗れた。両国ともロシアW杯には出場しない。そんな国に成績を残せず、内容も悪かった。

 

 ロシアW杯開幕まで約2カ月。JFAの田嶋幸三会長はハリルホジッチの解任を決断した。本人にはフランス時間7日18時、パリ市内のホテルで伝えた。報告を聞いた前監督は「なぜこの時期に」と驚いたという。

 

 記者からの「なぜ、この時期なのか」という質問に田嶋会長は、こう答えた。

 

「2カ月でW杯での勝率を数パーセントでもあげたかった。(監督と選手との)信頼関係のバランスが崩れてしまっていた。この状況を打破するための判断です」

 

 ハリルホジッチは堅守速攻のサッカーを目指してきた。ボールを奪うと、ポゼッションするよりも相手DFラインの裏にボールを運ぶことを優先した。このサッカーは選手の身体能力の高さがカギを握る。日本人には不向きなスタイルだったとの意見もある。

 

 以前からハリルホジッチの「タテに速いサッカー」に異を唱える選手たちはいた。3月のベルギー遠征で監督と選手の間の溝はさらに深まったことで、解任に及んだ。任期はロシアW杯終了までだ。

 

 西野新監督を選んだ理由を田嶋会長は説明した。

「このタイミングだから内部昇格しかないと思い西野氏を監督に決定した。アトランタ五輪など国際経験もある」

 

 新たに指揮官を外部から連れてくるにはリスクが大きすぎる。西野新監督はアトランタ五輪で23歳以下の日本代表を率い、ブラジル代表に勝利した実績を持つ。世にいう“マイアミの奇跡”だ。他にはハリルジャパンでヘッドコーチを務めた手倉森誠氏の名前もあがったが、JFAは技術委員長としてハリルジャパンを支えた西野を後任に指名した。

 

 田嶋会長は新指揮官への期待を、こう口にした。

「西野氏がやりたいことを、やりたいスタッフでやってほしい。それをサポートする。築きあげたコレクティブなスタイルを出して、日本らしいサッカーをしてほしい」

 

 日本人らしさを求めるのであれば、早期の契約解除も可能だったのではないか。残された時間はわずかである。新監督はロシアの地でも“奇跡”を起こせるか。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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二宮清純×西野朗対談 『潮』2009年6月号掲載

 

二宮清純: ガンバ大阪は、かつてはJリーグのお荷物といわれていたのが、西野さんが監督になられて以来、毎年のように何らかのタイトルを取っています。勝つことも難しいけれど、勝ち続けることはもっと難しい。いまのガンバはまさに常勝チームになっていると思うんです。監督として手応えはいかがですか。
西野朗: チーム力は右肩上がりで上がってきているし、それなりの結果も出ていると思います。監督に就任した2002年、03年ごろは、負けるときはあっさりと負けるし、粘って勝つということがなかった。これは関西の気質もあるのかなと思いましたけど(笑)。

 

二宮: 関東から行かれて、最初はやっぱり違和感がありましたか。
西野: ありましたね、けっこう。阪神タイガースじゃないけれども、負けても応援してくれる。ぬるま湯に入っているようで、勝負に対する執着心に乏しいなと感じました。突然変異的に1回優勝するというのは簡単だと思うんですよ。だけどそれを継続していくためには、現場はもちろんですが、クラブとしてもしっかりとしたビジョンを持たなきゃいけない。ガンバに来たときはハードの面でもいろいろ不安に感じたし、野球人気が先行していてサッカー界がなんとなく……。

 

二宮: とくに関西の場合はね。スポーツメディアは阪神、阪神で(笑)。
西野: スポーツ紙は1面、2面、3面、4面になっても「まだ阪神かよ」みたいな感じでね(笑)。そういうメディアに対するアプローチも考えていかなきゃいけないし。でも、ポテンシャルの高い選手がたくさんいるな、何か気づかせれば変わっていくなと。だからいろんなことをやりましたけども、選手に対しては代表に選ばれるとか、ヨーロッパに行くとか、常にもっと高いステージでやるんだという目標設定を植えつけましたね。そういうことも含めて、やっぱりこの万博でやっているという環境自体がよくないですね。

 

二宮: よくないですか。やっぱりちゃんとした専用スタジアムがないと。
西野: 国の持ち物の中にポツンと間借りしているわけだから、やりたいことがやれないんですよ。最初は食事もとれなかったくらいですから、ここ(クラブハウス)で。

 

二宮: 西野さんは、関西は初めてですよね、来られたのは。
西野: はい。僕はそういうことにチャレンジしに来たんです。だから最初はクラブともずいぶんやり合いましたよ、いろんな面で。

 

二宮: チームが変わってきたのはいつ頃からですか。
西野: 04年ごろからですね。最初は02年、03年の2年契約でしたが、1年目にいきなり3位になっちゃったんですよ。でも、これじゃだめだと思ったんです。

 

二宮: ほほう、だめだというのは?
西野: パッと3位になったから、ハードも何も変わらない。変えなきゃいけないのに。そうしたら、案の定、03年は10位になっちゃったんです。僕はそこで「これは更迭かな」と。ところが「あと2年」というんで、時間をもらったなというなかで、そこからいろんなアプローチができたというのが……。

 

二宮: で、04年にまた3位になって。
西野: 02年のときとは違う3位でしたね、手応えを感じた。03年に10位に落ちたことでクラブも本気モードになってきて、ハード面も少しずつ改善されてきたし、選手の意識も変わってきて。そこでまた3位になったことで、全員が「これは行ける」と。

 

二宮: 地力をつけての3位ということでしょうか?
西野: ええ。僕自身も就任当初はとにかく自分のやりたいサッカーを、と思って、なりふりかまわず、何を言われようがじぶんのスタイルでやっていたんですけど、クラブや選手とのコミュニケーションも努めてとるようにしたりして。そこから本気で「トップに」という雰囲気になってきましたね。

 

二宮: その西野さんのやりたいサッカーというのは「攻撃的サッカー」ですよね。それはずっと変えていないわけですね。
西野: そこはぶれてないですね。攻撃的というのは、どんな選手でも点を取れるから攻撃的なのではなくて、スタイルとして、常に全員がオフェンシブな意識を持っているという。

 

二宮: そういうスタイルがいまの結果に結実していると思うんです。「ガンバのサッカーは面白いよ。観に行こうか」という訴求力を生んでいるじゃないかなと。それがJリーグを活性化させてもいる。
西野: 僕は単調なゲームというのは好きじゃないんです。好きじゃないというか、このままではマイナスに作用するなと思うんですよ。拮抗していたり、変化がないときはシステムを動かしたり、メンバーチェンジを早めにしたりして、状況を変えたいというのがいつもあるんです。だから「もっと強気な選択をしてほしい」というメッセージを常に考える。選手からすると、悪くはないゲームをやっているのになぜこの選手を代えるのか、と思うかもしれないけれど、僕はそのまま続けてもいい結果を生むとは思えないんです。

 

二宮: 西野さんは、勝っていても、ハーフタイムに発するメッセージは「もっと攻めろ」とか「もっと点を取ってこい」という攻撃的なメッセージが多い。「あとは守れ」という指示はあまり出さないですね。
西野: 出しませんね。宮本(恒靖)あたりがいたときは、2対0とかでリードしていると、「このままゲームをコントロールしますから、ディフェンスを強化してくれませんか」と言っていたけれど。

 

二宮: 宮本はスイーパー(ディフェンダーとキーパーの間にいて守備を強化する役目のポジション)タイプだから、当然、そう言うでしょうね。
西野: でも、僕は「3点目を取りにいけ」と言いますね。

 

二宮: そこが西野イズムだと思うのですが、そのほうが選手たちの気持ちが前向きになると。
西野: 僕は「うちはディフェンスを一枚増やしても守れないチームだからだ」と言うんですよ。人数をかけたら守れるチームであれば守るけれど、守れないチームだから、フレッシュなオフェンスの選手を入れたほうが相手にプレスをかけることができてディフェンスにもプラスになると。2対0で勝っているときに、ハーフタイムに「後半はディフェンシブにしろ」と言いながら2対1になった状況と、「オフェンシブにいけ。3点目を取りにいけ」と言って2対1になった状況では全然違う。3点目を取りにいってカウンターで1点取られて2対1になったとしても、攻撃しようとする意識は継続するんです。そうすると、必ず3対1になっていくんですよ。

 

二宮: なるほどね。わかります、わかります。まさに「攻撃は最大の防御なり」ですね。僕はお世辞ではなく、西野流攻撃サッカーの支持者なんですけども、閉塞状況にあるいまの世の中において、そういう「2点取ったら、3点目を取りにいけ」というメッセージが日本を元気にするんじゃないかなと思っている。余談ですが、人類の歴史は常にピンチをチャンスに変えてきた。一例を挙げれば、大恐慌のあとに米国は国を明るくしようと、ハリウッド映画など娯楽産業に投資し、大衆文化を開花させた。第一次石油ショックのあとに脱工業化社会ということでIT産業の萌芽があった。不況の時こそ攻めなければならない。
西野: だからうちは「攻撃サッカー」をスローガンに掲げていますが、超攻撃的なスタイルに、というのを毎年標榜しているんです。

 

二宮: ただ「攻撃的」じゃなくて「超攻撃的」というのがいいですね。「最後まで攻め抜け」と。
西野: それぐらいの意識が選手全員にないと、自分たちのスタイルは確立できませんよ。

 

二宮: 昨年のFIFAクラブワールドカップでガンバが3位になったことでほかのクラブにも「世界一になる」という目標が出てきた。現実的には困難な壁でしょうけど、大きな励みにはなる。
西野: でも、日本のクラブはベスト4から上は無理ですね、現時点では。

 

二宮: 冷静に見れば、確かにそうでしょう。
西野: やってみてそう思います。うちはクラブワールドカップ7チームの中で3位になったというだけで、世界3位のチームではないです。マンチェスター・ユナイテッドとの試合は玉砕覚悟で自分たちのスタイルがどこまで通用するかというチャレンジでしたが、相手のプレーに見とれちゃうほど全然試合にならなかった。うちがプレミアリーグに入れるかといったら、とてもとても。せいぜいディビジョン3かディビジョン4ぐらいでしょうね。

 

二宮: 代表監督の岡田(武史)さんは西野さんの何年後輩なんですか。
西野: 実年は1歳下です。学年は2年下。彼は浪人していますから。

 

二宮: どうでしょう。進化していますかね、岡田ジャパンは。ジーコジャパンやオシムジャパンに比べて。
西野: コレクティブ(組織的)ですね。やろうとしていることは統一されているし。ただ、彼が悩んでいるのは、やっぱり点が取れない。フォワードがいない。

 

二宮: これは日本代表の“不治の病”になりつつありますね。個人的にはストライカーはつくるものではなく生まれるものだと思っている。だが日本社会が「突出」よりも「平均」を求めている間は難しいかもしれない。監督はとりあえず、今ある材料で戦うしかない。あとはキャスティングの問題でしょうね。
西野: 国際試合、とくに代表の試合は勝ち方というのは難しいですよ。どんなかたちでもいいから勝つことが大事で、内容は問えないですよ。

 

二宮: もし西野さんが日本代表監督になっても「超攻撃的サッカー」という旗は降ろしませんか。
西野: そのスタイルはたぶんさらに強くなると思いますね。だって、自分で選手をピックアップできますから。選手ありきのチームづくりではなくて、自分の理想に近い選手をもってこれるわけですから。まあ、僕が監督でもメンバー的にはいまの代表チームがいちばんいいんじゃないかなと思いますけれど。

 

二宮: そうでしょうね。(中村)俊輔は必要だし、遠藤(保仁)も要る。ところで遠藤の成長はどうですか。
西野: あんまりいいとは思ってなかったんですけども、クラブでは。体脂肪率が13パーセントもあるんですよ。

 

二宮: なんかボワッとしている感じですよね(笑)。そこが彼らしくていい。
西野: 「10パーセント切らないと使わないぞ」と言っているんですけどね(笑)。でも躍動感はないけれど運動量はいちばん多いし、技術的にもうまくなりましたよ。蹴ったり止めたり。

 

二宮: 緩い“コロコロPK”が有名ですが、独特の感覚があるんでしょうね。「和して同ぜず」というスタイルがいい。
西野: あいつのすごいところは動じないところですよ、どんな状況でも。

 

二宮: ふてぶてしいというか、落ち着きはらっている。
西野: 何を考えているのかわからないところがあるけれど、4手、5手ぐらい先まで読んでいますからね、あいつとか二川(孝広)は。

 

二宮: その戦術眼がガンバの核になっているわけですね。最後に、西野さんの考えるリーダーの条件は何ですか。さっき「ぶれない」とおっしゃいましたが。
西野: ぶれないというのは自分のスタイルをつくっていく上で大事なことだと思うんです。選手たちは監督を見ていますから。だから与えられた戦力がどういう戦力でも、どんな環境でも、自分のスタイルはぶれないで持っていたいなと思いますね。