金子 スポーツは相手があることですし、上手くいかない場合もある。100パーセント絶対はありえないですからね。だけども、錯覚が力を生むこともやっぱりあるわけで。神秘性や演技力を駆使して選手とコミュニケーションをするのが、監督ですからね。

 

<この原稿は2009年2月19日号『Number』(文藝春秋)に掲載されたものです>

 

 そういう意味で謎なのは、岡田(彰布)前監督。監督にとって言葉の力というのは、すごく大事だと思うんです。見ていると、岡田さんに言語能力があるようには僕は感じられないわけですよ。でも、いまデイリーでやっている連載を読むと、「うおー、賢い」と感心するんです。

 

二宮 岡田さんが『頑固力』という本を書いたでしょう。あれは岡田さんの本質。岡田さんの良いところは頑固なところなんですよ。

 

 僕はこの人成功するなと思った瞬間がありました。5番に置いた今岡がある時、勝手に送りバントをしたことがあって、前任者の星野(仙一)さんだったら、つなぎの野球だからOKなんですけど、岡田さんは怒ったんですね。『勝負をして来い! おまえはクリーンアップなんや!』って。

 

 今岡を怒ったことで、今までの野球とは違うと全員が理解したわけです。前任者の影をあの一言で消した。このように阪神は前任者の方法を否定したほうが上手くいくんです。星野さんも野村さんを否定した。ただし、前任者否定型は一度は上手くいくけど、遺伝子がつながらないから継続性はない。これが「勝つチーム」と「勝ち続けるチーム」の違いです。

 

金子 僕は岡田さんを両性具有だと思うんですけど、どっちだと思いますか?

 

二宮 どちらかといったら教育者ですよ。勝負師だったら、05年の日本シリーズ初戦で井川(慶)を使ったりしない。星野さんも実は教育者なんですよ。だから、日本シリーズで勝てない。大舞台で勝てない。オリンピックにおいてもそうです。星野さんは、「情」と言うけど、情に流れるのは自らの戦略か戦術に根拠がないからなんです。よく「誰々と心中する」という監督がいますよね。個人と心中しちゃいけないんですよ、組織は。僕は玉砕主義者は監督に向いていないと思う。

 

金子 かつて、日本サッカー協会会長だった長沼健さんも言った。

 

二宮 加茂(周)さんとね。あの時は、もう思考停止状態に陥っているんですよ。涙を流す監督も勝てません。監督は感情をほどいたらダメですよ。どうせ泣くなら「勝って泣け」と言いたい。

 

金子 感情を表に出すのであれば、その下にコントロールする理性が必要ですよね。WBCの原(辰徳)監督はどっちのタイプの監督なんでしょう?

 

二宮 うーん。ただ、WBCはたった3週間なんですよ。サッカーのワールドカップは予選からほぼ4年かけて戦うから、監督を代えられない。短期間ですべてをピークに持っていく。だから、はたして140試合やるシーズンの成績を実績と認めていいものなのか。

 

金子 もう違う競技ですよね。さらに言うなら、ストライクゾーンギリギリのところで出し入れする“野球”とストライクゾーンの中で動かす“ベースボール”は全く違うわけじゃないですか。それをシーズンを勝ったからということで選んでいいのか? それに、そもそも今度のWBCで監督ってそんなに大事なのか、と思うんです。

 

二宮 僕は今回のWBC日本代表監督は無色でいいと言っているんです。何が一番大事かというと、3週間、選手たちを気分よくやらせることですよ。もっと言うとチームリーダーのイチローを気持ち良くやらせることが一番です。だったら今回の代表監督は余計な口出しをせずにデンと構えていたほうがいい。まして原監督に前回の王(貞治)さんのようなカリスマ性はありませんから。無職という色もある。これが分かれば名監督(笑)。

 

金子 僕は、まず第一に条件として勝負師か否か。教育は間に合わないですから。野村WBC監督にも、僕は反対だったんですね。野村さんは“野球”のスペシャリスト。“ベースボール”は違う。求められるのは、強烈な引きの強さを持っている博打打ちでしょう。

 

二宮 僕はレイズのマドン監督を推薦します。レイズのプレーオフの戦い方を見てて、一番日本にふさわしいと思った。戦略があって、かつ短期決戦での戦い方を熟知していた。

 

金子 よくレッドソックスに勝ちましたよね。

 

二宮 メジャーリーガーたちのこともよく知っているしね。現役の監督ですけど、3週間借りればいいじゃないですか。ヒディングはオーストラリア代表監督の時に、クラブと兼任してたでしょ。

 

金子 PSVの監督やりながらですから。

 

二宮 勝負師系の監督はそれでいいんですよ。3つぐらい掛け持ちしても、短期決戦ならかまわないと思う。

 

金子 サッカーの場合、日本代表を監督に強くしてもらおう、という考えがありますけど、代表は本来育成の場じゃなくて勝負の場なんです。だからとことん勝ちにこだわって、ヒディングやミルティノビッチみたいな勝負師を呼ぶのはありだと思いますが……。

 

二宮 たしかに日本は教育信仰みたいなのが根強くて、教わり癖みたいなのがありますよね。「教わりたがり症候群」とでも言うのかな。教わっていると安心する。いったい、いつまで教わる側にいるんだと。クラマーの時代ならわかりますけど。「教わる」ことと「学ぶ」ことをはき違えている。

 

金子 ジーコは教えてくれないとか。

 

二宮 選手も受け身ではダメですよ。「教わり上手」から「学び上手」にならなくてはいけない。

 

金子 武道の世界に「守・破・離」という言葉があるでしょう。最初は師の教えを守る。次に破る。最後は離れる。もう守の時代からは卒業しようよ、と思いますけどね。

 

二宮 先ほどの監督の資質に最後に付け加えるとしたら、「徳」だと思うんですよ。人徳力、人がついていく徳。これを言うと、お前も歳をとったと言われるのが嫌なんだけど、ここ2、3年で気がついてきた。なぜ前回のWBCで王さんが世界一になれたのか。逆に五輪で星野さんは不幸な結果に終わったのか。第1回WBCでの王さんの態度、たとえば審判への抗議などは毅然としていて、美しかった。勝利の女神も惚れますよ。

 

金子 人徳力だけで勝ったようなもんですね(笑)。3敗していますから。北京五輪とそんなに変わらない。

 

二宮 メキシコがアメリカに勝たなかったら、準決勝に進む前に終わってたんですよ。そうなれば、北京のような騒ぎになっていたはず。メキシコがアメリカに勝つというのは、王さんの力が及ばないところ。でも、結果、世界一になった。あれは人徳力の産物というしかない。決して先天的なものではなく磨かれていったものでしょうね。指揮官もワインと一緒で、ある程度、熟成の時間が必要ですよ。

 

(おわり)


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