足を手のように自由自在に操れたら、どれだけ楽しいだろう。サッカーを始めた少年なら、誰もが思うことだ。

 

 

 だが、これから紹介するアンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)は、手でもここまではできないと思えるほど器用に足でボールを操ることができる。

 

 そんな選手を、そして神業のようなプレーを日本のサッカーファンは、この7月から目の当たりにすることができるようになった。これは僥倖である。

 

 イニエスタが地元の観客を魅了したのは7月28日のJリーグ第18節柏レイソル戦だ。神戸に移籍後、初めて先発出場を果たし、82分間プレーした。

 

 ポジションはFCバルセロナ時代から慣れ親しんでいる4-3-3のインサイドハーフ。試合は後半21分に神戸が先制し、1対0で逃げ切った。神戸が柏を相手に白星をあげたのは6年ぶりだった。

 

 吉田孝行監督は試合後、「イニエスタは当初、70分くらいの出場を予定していたが、彼の力がまだ必要だと思い(82分まで)引っ張った」と語った。

 

 指揮官がイニエスタを「引っ張った」ことで、チームは最後まで安定感を失わなかった。

 

 82分間、観客は感嘆詞を口にし続けた。まるで後頭部にも目がついているかのようなヒールキック、味方のパスミスを何事もなかったように足元に収める極上のトラップ。さながら手品師のトランプさばきを見ているようだった。

 

 イニエスタと言えば、スペインが初優勝を果たした2010年南アフリカW杯での活躍が忘れられない。オランダとの決勝戦、試合は0対0のまま延長戦に突入した。

 

 延長後半11分、イニエスタはペナルティーエリア右、相手DFの足の届かない位置にボールを止めた。ゴールの位置、相手DFとの距離が全て計算されたトラップのように映った。そして次の瞬間、目にも止まらぬ速さで右足を振り抜き、ゴール左に決めたのだ。これが決勝ゴールとなった。

 

 イニエスタをJリーグに呼んだのは神戸のオーナーである楽天会長・三木谷浩史だ。入団記者会見に同席した三木谷は誇らし気に、こう語った。

 

「世界最高峰のプレースタイルと技術を日々、実際に目の前で見ることができる。それは神戸にとどまらず、日本サッカー、またアジア全体のサッカーにも大きな意味と影響を与えてくれると思っている」

 

 イニエスタはバルセロナのカンテラ(下部組織)の出身である。カンテラの語源は「石切り場」。優良な原石の生産地という意味だ。

 

 三木谷によると、イニエスタはカンテラの「ラ・マシア」という寮の出身で、そうした出自にも目を向けたというのである。

 

「(イニエスタこそは)バルセロナの保守本流。神戸にキャプテンとしてチームを率いてきた哲学やDNAを注入して欲しい。チーム力の向上のみならずユース年代向けのアカデミーへのメソッド導入にも期待している」

 

 イニエスタは神戸を、そしてJリーグを変えることができるのか。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2018年8月19、26日号に掲載されたものです>

 


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