アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた「マーダーボール」を観たのは、古い手帳によると12年前のことだ。私は実物よりも先に映画でウィルチェアーラグビーの実態を知った。装甲車のようにカスタマイズされた車いすが「ベン・ハー」の戦車のように衝突し、きしみ、倒れる。なるほど「マーダーボール」とはいいタイトルだと感心したものだ。

 

 登場する選手たちは、ほとんどが荒らくれ者だ。タトゥーが入った肩で相手を威嚇する主人公のマーク・ズパンは誰彼構わずケンカをふっかける。「オレを殴れ!」。相手がためらうと「オレが車いすだからか」と挑発する。「心配するな。殴ったら殴り返してやるから」

 

 そんな話をウィルチェアーラグビー日本代表コーチの三阪洋行に向けると、「確かにあれは米国を象徴したような映画でしたね」と語り、苦笑を浮かべて続けた。「でも皆が皆あんなふうではないんですよ」

 

 この8月、豪州のシドニーで開催された第7回ウィルチェアーラグビー世界選手権で、日本代表はリオデジャネイロパラリンピック優勝の豪州代表に競り勝ち、初優勝を飾った。三阪はコーチとして米国人監督ケビン・オアーを支えた。

 

 三阪は花園ラグビー場のある東大阪市の出身である。地元の布施工(現布施工科高)ではナンバー8として活躍した。事故に遭ったのは3年生の6月だ。練習中、ラックでこぼれ球を拾おうとした際、首を強打した。その瞬間、「ブチッと何かが切れた」。病院に搬送され緊急手術。目が覚めると人工呼吸器がとりつけられていた。

 

 ラグビーからウィルチェアーラグビーへ。リハビリ中、絶望の淵に一条の光が差し込んできた。「車いすでやるラグビーがあるらしいで」。作業療法士からの一言がきっかけだった。やがて日本代表になりパラリンピックにもアテネから3大会連続で出場した。

 

 その三阪は現在、来年10月に都内で開かれる「ウィルチェアーラグビーワールドチャレンジ」なる世界大会に向け、強化に本腰を入れている。ラグビーW杯期間中、世界ランキング上位8カ国が集結するのだ。あまり知られていないが、ラグビーとパラ・ラグビーが同時期に開催されるのは世界で初。「もうひとつのラグビーW杯」の成功こそはラグビーの力による「共生社会」実現の手がかりとなるに違いない。

 

<この原稿は18年9月12日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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