サイクリストの「聖地」がまさか、こんなかたちで注目を浴びることになってしまうとは……。生まれ故郷の愛媛県から「いよかん大使」を仰せつかっている身にすれば少々複雑な気持ちである。

 

 大阪府警富田林署から逃走していた樋田淳也容疑者が、さる9月30日、山口県周南市内で窃盗容疑で現行犯逮捕、加重逃走の疑いで再逮捕された。

 

 調べによると樋田容疑者はサイクリストを装って「しまなみ海道」を渡り、広島県から愛媛県に入ったというのだ。松山市では愛媛県庁を訪問し、ロードマップを要求した上に、ゆるキャラの「みきゃん」をあしらったポップまでもらっている。大胆にも程がある。

 

 これを受け、県庁には「なぜ職員は見抜けなかったのか?」との苦情が殺到し、対応に追われたという話を耳にした。県職員を弁護するわけではないが、応対した者の不始末をなじるのは酷である。批判は大阪府警に向けられるべきだ。

 

 というのも、しまなみ海道を舞台にしてのサイクリングレースは、今や県にとって貴重な観光資源だからだ。国際大会の経済効果は5億円を超えると言われている。すなわち、プロであれ素人であれサイクリストは愛媛県にとって大事な「お客様」。おもてなしの気持ちを逆手にとられてしまったのだ。

 

 ところで愛媛県側から見れば、しまなみ海道は今治市を起点に大島、伯方島、大三島を経由して広島県側の生口島に入る。そこから因島、向島を抜け、尾道市に到達する。全長約70キロ。本州と四国を自転車で走破できる唯一のルートだ。

 

 3年前の初夏、帰省を兼ねて今治市からどこまで行けるかチャレンジした。体力不足と前日の飲酒が原因で愛媛県側の大三島にまでしか辿り着けなかったが、眼下に広がる瀬戸内の多島美には目を奪われた。頬をなでる潮風も心地よかった。中高年には是非、お薦めしたい。ゴルフもいいが、たまにはサイクリングもいいですよ、と。

 

 秋はサイクリングの季節である。今月28日には、ワイドショーによって全国区となったしまなみ海道を舞台に国際サイクリング大会が開催される。高速道路を規制して行う国内唯一の大会だ。今年は7月の豪雨災害からの復興支援という使命も担っている。関係者は“風評被害”を心配しているが、「災い転じて福となす」という顛末を願っている。

 

<この原稿は18年10月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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