ご同慶の至りと言いたいところだが、それほど驚くべきことでもなさそうだ。彼の実力と日本での実績をもってすれば、この勲章はあらかじめ約束されたものだったように思える。

 

 エンゼルスのツーウェイ・プレイヤー(二刀流)大谷翔平がアメリカンリーグのルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。ジャッキー・ロビンソン賞ともいう。日本人メジャーリーガーとしては野茂英雄(ドジャース95年)、佐々木主浩(マリナーズ00年)、イチロー(同01年)に次いで4人目である。この4人には共通点がある。いずれもNPBにおいてMVP受賞歴があるのだ。

 

 過去、NPBでのMVP受賞者は先の4人に加え、松井秀喜、松井稼頭央、城島健司、桑田真澄、井川慶、福留孝介、川上憲伸、岩隈久志、ダルビッシュ有、田中将大、和田毅と計15人がMLBに移籍している。

 

 新人王のタイトルこそ手にできなかったものの松井秀、城島、ダルビッシュ、田中も1年目に素晴らしい成績を残している。松井秀はヤンキースの中軸として106打点をあげた。捕手として記録した城島の18本塁打、76打点も見事である。ダルビッシュは16勝、田中は13勝をあげながら新人王には及ばなかった。中には選ばれてもおかしくない選手もいた。たとえば松井秀の打撃成績は選出されたアンヘル・ベローアに引けを取らなかった。投票行動の裏に政治的な意図が垣間見えることもあった。

 

 話を大谷に戻そう。楽しみなのは表彰式だ。22年前の1月、真冬のニューヨークで行われた表彰式にはタキシードを着た野茂の姿があった。ひときわ大きな拍手を受けたのがア・リーグMVPのモー・ボーンのスピーチだった。「私がここに立てるのは(黒人初のメジャーリーガー)ジャッキー・ロビンソンのおかげだ。今の若い選手はもっと彼に感謝すべきだ」。神妙に聞いていた野茂が口にした言葉が忘れられない。「こんな感動的なスピーチは初めてです。ここ(MLB)に来てよかった」。野茂にもスピーチの番が巡ってきた。「僕にチャンスを与えてくれたドジャースにまず感謝する。続いてそのチャンスに力を貸してくれたチームメートに感謝する。最後に日本人の僕を導いてくれたアメリカに感謝する」。スタンディング・オベーションはしばらく鳴り止まなかった。さて大谷はどんなスピーチをするのか。物語は続く。

 

<この原稿は18年11月14日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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