「その取材、もうしばらく待ってもらえますか。ちょっと今、体調を崩しておりまして…」。携帯電話の向こうの声はいつになく弱々しかった。声の主は元ヴェルディ川崎のGK藤川孝幸。昨年12月のことである。その頃、インフルエンザが猛威を振るっていたため、私は早合点してしまった。「今年のはきついらしいので気を付けてください」

 

 数日後、本人から電話がかかってきた。「実は僕の病気、インフルエンザじゃないんです。胃癌なんです。それもステージ4の……」。私は言葉を失った。ステージ4といえば末期である。癌細胞が他の臓器にも転移していることを意味する。医師には「来年の桜を見られるかどうかわからない」と宣告されたという。

 

 現役引退後、藤川はフルコンタクト空手に打ち込んでいた。関係者によれば、倒れたのは新極真会の昇級審査の直後。念願かなって茶帯(2級)の資格を得たものの、自らの足で取りに行くことはできなかった。届け先は病室だった。

 

 励ましのメールを送ると必ず律儀に返事があった。<9つの癌を必ず打ち消して奇跡を起こして参ります!>(6月6日)、<毎日を必死に癌と共に生きております。必ず治して皆様に勇気と力をお与えします>(8月12日)、<まだまだ一進一退ですが、ヴェルディの緑の血と新極真魂で頑張って参ります!>(9月30日)。最後の返信は10月10日。彼の56回目の誕生日だった。

 

 藤川に聞きたかったのはパラスポーツに対する取り組みについてである。2015年より彼は全国でスポーツに関するサービスを提供する会社の役員として、様々な支援活動を行っていた。スポーツを「する」側から「支える」側に回ったことで、何が見えてきたのか。またパラスポーツの充実や発展のためには何が必要かを語ってもらいたかったのだ。

 

 先述したように藤川は「緑の血」という表現でもわかるように古巣ヴェルディをこよなく愛していたが、それだけにとどまらなかった。緑は健全なる生態系を意味する。すなわちスポーツを「する」「見る」「支える」――循環型のエコシステムをつくり上げたかったのではないか。北海道の社会人サッカークラブの経営に携わったのも、そうした活動の一環だったはずだ。無念にも56歳の若さで故人となってしまった男の遺志だけは忘れないでおきたい。合掌。

 

<この原稿は18年11月21日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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