<オリンピックは身体技術をディスプレイする万国博覧会であり、万国博覧会は産業と文化を競うオリンピック>(関口英里/『東京オリンピックの社会経済史』老川慶喜編著・日本経済評論社)とは言い得て妙だ。

 

 1970年以来55年ぶりの「大阪万博」開催が決まった。その5年前には東京五輪が開催される。こちらも2度目だ。半世紀以上を経て万博のテーマは「人類の進歩と調和」から「いのち輝く未来社会のデザイン」に、五輪のそれは「戦後復興」から「震災からの復興」に置き換えられた。この国は20世紀から21世紀に移っても「五輪」と「万博」が国威発揚のシンボル、経済成長のエンジンであることに変わりはないようだ。

 

 光と影はあるにしろ、64年の東京五輪、70年の大阪万博は概ね成功だったと思われる。メリットとデメリットを秤にかければ、目盛りは前者に傾く。

 

 成功の陰の立役者と言われているのが演歌歌手の三波春夫だ。国内にお祭りムードを充満させた「東京五輪音頭」と万博のテーマソング「世界の国からこんにちは」、これらはいずれも三波が歌ったものである。そして、この2つの歌が三波を「国民的歌手」に押し上げた。

 

 では、なぜ三波が栄えある歌い手に選ばれたのか。周知のように三波は雪深い新潟県三島郡(現長岡市)の出身である。13歳で上京し、丁稚奉公をしながら浪曲師としての歩みをスタートさせる。やがて国民的歌手へ。世は高度経済成長期。彼の立身出世の物語は、豊かさを追い求める日本人に勇気と活力を与えるに十分だった。また、その日本人的模範性ゆえ、時の権力にも愛された。

 

 三波と言えば有名なセリフがある。「お客様は神様です」。「欲しがりません勝つまでは」の戦前、消費は悪徳だった。それが戦後は「消費は美徳」に180度転換した。その変容ぶりを象徴するのが先のセリフである。戦後、三波ほど時代に選ばれた男はいない。まさに着物を着た「国民的アイコン」だったのである。

 

 そんな折、「東京五輪音頭2020」を聴く機会があった。歌詞は前回の焼き直しだ。選ばれた3人の歌手は与党が言う「復興・創生」のメッセージを歌にどう込めるのか。そして「2025大阪万博」のテーマ曲づくりは、これからスタートする。ぜひとも「いのち輝く」メロディーであって欲しい。確かに歌は世につれる。

 

<この原稿は18年11月28付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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