第12回 平岩康佑(フリーアナウンサー/ODYSSEY代表取締役)「誰にでも平等なeスポーツ」
「Sportful Talks」は、ブルータグ株式会社と株式会社スポーツコミュニケーションズとの共同企画です。多方面からゲストを招き、ブルータグの今矢賢一代表取締役社長との語らいを通して、スポーツの新しい可能性、未来を展望します。
今回のゲストはフリーアナウンサーで、日本初のeスポーツ実況に特化した会社、ODYSSEYを立ち上げた平岩康佑氏です。今、認知度も急上昇中のeスポーツの現状を訊いた。
二宮清純: 今年6月にeスポーツ実況のプラットフォーム的な会社ODYSSEYを立ち上げたきっかけは?
平岩康佑: 元々、私はゲームがすごく好きでした。海外でeスポーツが盛り上がっているのは知っていましたし、日本でもプロリーグができたり、大きな大会を開催するという話は耳に入っていたんです。だからやるなら自分が第一人者になりたかった。ゲーム好きで実況もできるのに、自分が関わらずに競技が盛り上がっていくのは許せなかったんです。むしろ先頭に立ってやりたいという思いがありました。
二宮: 起業から約半年が経ちましたが、反響はいかがですか?
平岩: おかげさまで、たくさんのお仕事をいただけています。やっぱり需要の多さをすごく感じます。これまでにもeスポーツの実況を担当している方はいたんですけど、彼らは元プロゲーマーや元ユーチューバーで、ゲームのプロであっても喋りのプロではなかった。ゲーム会社さんからの問い合わせも多いですね。基本的に土日がeスポーツのイベントは土日に多いので、立ち上げから1カ月で週末のスケジュールは来年3月まで全部埋まっています。
今矢賢一: 大会やイベントの主催者が実況をODESSEYさんに発注するというかたちができあがってきていると。そこで信頼を積み上げていけば、さらにビジネスとして広がっていくわけですね。
平岩: そうですね。今はその実績をつくっている段階です。
二宮: 将来的には会社にアナウンサーをたくさん抱えるようなかたちにしたいと?
平岩: そういうイメージはつくりたいと思っています。例えばフリーの女性アナウンサーと言えばセントフォース、ユーチューバーではUUUMのように、「eスポーツの実況といったらODESSEYだよね」というイメージにしたいんです。そうすればまず発注はウチにくるという道筋ができますからね。
二宮: そのためには市場が拡大しないといけません。時にはプロモーション的なことも必要になっていきます。
平岩: ええ。今は実況アナウンサー事務所としてのマネジメントビジネスだけではなかなか収益的にも難しいところがありますね。だから他の収益の柱を作るプロジェクトを進めています。
二宮: 平岩さんは独立する前、朝日放送でアナウンサーとして活躍されていました。スポーツキャスター志望だったのでしょうか?
平岩: 元々は報道をやりたかったんです。「メインキャスターは、元々実況アナウンサーが多いよ」と言いくるめられました。当時は実況が足りなかったと思います。結果的にはその経験が今の仕事に繋がっています。
二宮: 培ったアナウンス技術はやはり役立っていますか?
平岩: そうですね。朝日放送は甲子園、高校野球を中継しています。選手の技術的なところも重要ですが、人間ドラマやバックグラウンドをすごく大切にする局です。例えば、高校野球で弱小校が名門校に大差で負けている試合を実況していたとします。最終回に弱小校の攻撃で、初めて公式戦に出場する3年生が代打で起用されてデッドボールで出塁した場合に「3年生の〇〇がデッドボールで出塁です」と実況すると怒られるんです。「オマエ見てたか。あれは3年生が最初で最後の公式戦に出たんだぞ。“この夏、初めて一塁キャンパスに向かいます”。そこで一番盛り上げろ」と。
二宮: 辞める時には反対されたのでは?
平岩: はい。今年のはじめには独立する話をしていました。ただ当時はeスポーツの認知度が今ほどは高くなかったので、ほとんどの人が反対しましたね。
今矢: 皆さん、心配していたんでしょうね。
平岩: そういう方もいましたが、「しかもゲームか」という感じでなかなか理解を得られなかった部分もありました。でも、“新しいことをやるっていうのは、こういうことなんだろうな”と……。“理解を得られないぐらいの方が可能性あるのかもしれない”と今は感じますね。
頻繁なアップデート
二宮: eスポーツの世界にきて、それまで実況を担当してきたスポーツとの違いはどのあたりに感じますか?
平岩: ギャップで言うと、ゲームの世界は大きな変化が急にくるんです。強過ぎるキャラクターが少し弱くなったり、あまり使われていないキャラクターを強くするアップデートが年に数回あるんです。野球ゲームだったら大谷翔平選手が右バッターにスイッチしたり、ボールを4つ使用するというような劇的なルール変更がなされることもあります。
二宮: そういった情報は事前に入ってくるんですか?
平岩: 情報は入りますが、せっかくそれまでに覚えた知識が完全に無駄になってしまうことを意味しますからね。最近のゲームは攻略本があまりないんですよ。この世界はどんどん変わっていきますから……。
今矢: それを皆さんが受け入れていると。つまりeスポーツの世界ではアップデートの頻度が高いこと自体、文化のようになっているんでしょうね。
平岩: そうですね。いろいろなキャラクターが活躍するので、1つのゲームでも飽きさせないような仕組みになっている。アップデートはユーザーを飽きさせないための、バランス調整なんです。ただ実況を担当している身からすると、この急な変化に対応しないといけないので大変な部分もありますね。
今矢: 例えばサッカーゲーム、野球ゲームなどは、朝日放送で実況を担当されたスポーツと共通する部分も多いのではないでしょうか?
平岩: はい。リアルスポーツにもある野球ゲームとサッカーゲームの実況は、すごくやりやすいですね。基本的には僕の中でフォーマットができていて、そこを変えるだけですから。
今矢: 気を付けていることはありますか?
平岩: ゲームタイトルによって、どこが一番盛り上がりどころなのか、見ている人はどこを一番楽しみにしているのかを意識していますね。試行錯誤を繰り返しながら常に考えています。
二宮: 常にアンテナを立てていないといけません。
平岩: 意外なところで盛り上がっていることも多いので、そこを次から意識して実況をするようにしています。
今矢: 国外ではeスポーツはどこが盛んなのでしょうか?
平岩: 発祥はアメリカと言われていて欧米を中心に盛り上がっていますね。アジアでは2000年代はじめから韓国が国を挙げてeスポーツを盛り上げようとしています。
二宮: 専門の学校もあるそうですね。
平岩: 韓国は学校の数も多いです。国主導で環境を整備していて、プロゲーマーをテレビに主演させて、知名度も上がっています。国際大会でも優勝する韓国人プレイヤーが増えてきています。
二宮: 億単位のお金を稼ぐ選手もいると聞きました。
平岩: トップ選手の中には賞金とスポンサー料を合わせて10億円を稼ぐ人もいます。スポーツメーカーが付くこともあります。ゲーミングPCをつくっている会社や周辺機器を作っている会社が多いですね。日本の企業も海外のeスポーツ大会などに出資し始めているそうです。国内の大会をスポンサードする企業も増えてきています。
二宮: 世界中にどのくらいプレイヤーがいるんですか?
平岩: 難しいのは競技人口の範囲をどこまでにするかでしょうね。ゲームをやっている人が20億人ぐらいいて、大会出ている人は2、3億人と言われているんです。ただどれだけの競技者がいるかまでは把握できていない国もあるので……。
潜在的な市場への期待
今矢: 他のスポーツと同じように自分の身体能力に合わせて競技や種目を選ぶように、eスポーツでも自分の性格や特徴に合わせてゲームを選択するのでしょうか?
平岩: 基本的にはゲームジャンルではなくタイトルごとにプロが存在するというパターンが多いですね。
二宮: やはり早い時期に始めた方がいいと?
平岩: 早い方がいいと思いますね。世界に目を向けると、16歳にしてすごく強いトッププレイヤーがいます。ゲームのジャンルにもよりますが、基本的には極めて高い反射神経が必要となります。
二宮: 動体視力も重要でしょうね。
平岩: そうですね。基本的に今のゲームは60fpsと言って60コマで1秒動いています。それがプロの格闘ゲーマーだと60分の6コマを見極めることができる。つまり10分の1秒、一瞬キャラクターの肩が動いたから、“次にこの技がくる”と予測ができると聞きます。通常は相手の攻撃に対し、下段キックでは絶対返せない。でも60分の6コマだけ下段キックで返せる瞬間があることを見つけたら、ひたすらその練習を1日8時間ぐらい繰り返し行うそうです。
今矢: まさに彼らのトレーニングには、そういう基礎練習のようなものもあるわけですね。
平岩: その点はアスリート的ですね。自らが見つけた技を世界大会のここぞという場面で、繰り出すと会場もドッと沸きます。“何だ、この技”と。世界トップレベルの選手は、そういうミクロの世界で戦っているんです。
今矢: アスリートが練習や戦術理解など準備にすごく時間をかけるのと一緒で、eスポーツのプロプレイヤーたちも、準備の質と量が結果に直結しているんですね。
平岩: はい。あとは実際にコーチもいたりします。チーム戦になれば、メンタルも重要です。リーダーにはリーダーシップも必要になるんです。
二宮: 知れば知るほど奥が深いスポーツですね。最後に平岩さんにとってeスポーツの魅力とは?
平岩: やはり誰にでも平等にできる点ですね。男女の差はまずなく、例えば障がいの有無に関わらず一緒にできる。身体能力の差も関係ありませんからね。ひとつの技でもプロが出そうが、素人が出そうが同じです。そこがすごく面白いところで、誰でもプロと同じ土俵でできるスポーツでもありますから。
二宮: 多様性の象徴とも言えますね。
平岩: あとは市場としてもすごく魅力を感じています。これは僕が起業するうえでの1つのきっかけでもあるんです。海外の大会に行った時に、みんなが立ち上がって声を枯らして選手を応援していました。その中にはいわゆる“オタク”と呼ばれる人たちもいた。普段、スタジアムやアリーナでスポーツ観戦をすることもなければ、クラブで踊ったりすることもなかった人もいると思うんです。会場はとても熱狂的でした。“彼らも前からこういうことをしたかったんだろうな”と潜在的な市場を感じたんです。その時に、eスポーツの未来がすごく楽しみになりましたね。
1987年9月2日生まれ。法政大学卒業後、2011年に朝日放送入社。アナウンサーとしてプロ野球、高校野球、サッカー、ゴルフ、駅伝などの実況を担当した。17年には高校野球の実況が評価され、ANNアノンシスト賞優秀賞を受賞。また報道番組や情報バラエティーにも出演、ラジオのパーソナリティーなども務めた。春に同社を退社し、株式会社ODYSSEYを設立。日本最大級のeスポーツイベントRAGEやeBaseball パワプロ プロリーグなどで実況を担当している。
(構成・鼎談写真/杉浦泰介)