「体を見ればハードワークしているのは分かる。若さが力なら彼に分があるかもしれないが、経験では私が上」

 

 

 この発言は、いったい何だったのか。総合格闘技のRIZINが大晦日にボクシング元世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザーとキックボクシングの那須川天心が対戦すると発表した2日後、メイウェザーは自身のインスタグラムに、こう投稿した。

 

「那須川天心との公式戦に一度も同意したことはない。日本を訪れるまで、彼のことは聞いたことがなかった」

 

「最終的にRIZINが選んだ相手と3分3ラウンド、計9分のエキシビジョンマッチへの参加を求められた」

 

「富裕層のためのエキシビジョンマッチで、公式戦として表現されることも、世界的に放映されることもないエンターテインメント目的のスペシャルバウトとして準備されていた」

 

「同意も納得もしていないお膳立てによって、私は完全に不意打ちをくらった」

 

 またメイウェザーはCNNのインタビューに「ファイトと呼びたくない。スペシャルイベントと呼びたい」とも語っている。

 

 要するに日本の富裕層の前で、3分3ラウンド、シャドーボクシングに毛の植えたようなパフォーマンスを披露すれば大金が転がり込んでくると考えていたのだろう。

 

 振り返れば、この大一番、最初から根っ子のない話だった。記者会見の席ではルールどころか契約体重も決まっていなかった。

 

 ルールなら、互いが歩み寄ることで着地点を見つけることもできる。しかし体重差はいかんともし難い。現時点でメイウェザーと那須川の間には10キロ以上の体重差があると見られている。

 

 ボクシングやキックボクシングで10キロ差を無視しての真剣勝負はありえない。「グローブハンデをつければいい」とか「那須川のキックを認めさせることで体重差の埋め合わせをする」という声もあったようだが、それでは、もはや余興である。

 

 那須川にとっても、この話は流れた方がよかったのではないか。彼はキックの世界が生み出した、近年稀にみる「逸材」である。ボクシングの世界で功なり名を遂げた男の引退後の“暇つぶし”に付き合う必要はない。

 

 メイウェザーには「金の亡者」としての批判が付きまとう。15年5月のマニー・パッキャオ戦では200億円以上も稼いでおきながら、まだ小遣い稼ぎがしたいのか。素晴らしいボクサーだっただけに引退後の「ザ・マネー」ぶりが残念である。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2018年12月7日号に掲載されたものです>

 


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