マツダスタジアムのカクテル光線を浴びながら、ホークスの指揮官・工藤公康は15回も宙を舞った。

 

 選手として11回、監督として3回、計14回目の日本一である。

 

 1勝にこだわる。そのためには、まず1点にこだわる。今年の日本シリーズでの采配もそうだった。

 

 工藤の1点に対する執念を感じたのは、日本一を決めた第6戦だ。4回の先制点は内川聖一の犠牲バントから生まれた。その直後に西田哲朗がスクイズバントを決めたのである。

 

 言うまでもなく、内川はセ・パ両リーグで首位打者のタイトルを獲得したことのある日本を代表する巧打者である。ホークスに移籍して8年、レギュラーシーズンで犠打を記録したことは一度もない。

 

 その内川に敢えて犠牲バントを命じたのは、工藤が1点勝負になると読んだからに他ならない。舞台は敵地。ここで星を落とすと、1度、相手に傾いた流れは、もう2度と元に戻ってこない。そうした危機感が、日本一を呼び込んだのである。緊迫のゲームを制したあとのいっぷくは格別だろう。

 

 この19年前、工藤は選手としてホークスを福岡に移転して初めての日本一に導いた。本拠地・福岡ドームでの初戦、ドラゴンズ相手に6安打完封勝ちを収めた。

 

 この勝利は単なる1勝ではなかった。ドラゴンズの打者たちの弱点をあぶり出し、後に続くピッチャーたちにヒントを与えたのである。

 

 大仕事を終えたサウスポーの周囲をグルリと報道陣が取り囲む。氷水をバシャバシャと喉に流し込んだあと、工藤はおいしそうに紫煙をくゆらせた。そして、フーッと大きく息を吐き出す。その間、およそ60秒。至福のひとときを味わうようにフフッと笑い、ヒーローは口を開いた。

 

「さぁ何でも聞いてください」

 

 これが工藤のスタイルであり、儀式である。そして、それは稀代の勝負師が戦闘姿勢を解く、束の間のくつろぎの在りかでもある。


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