ディフェンシヴ・ハーフといえば「このポジションの選手の力量でチームの実力が分かる」(清雲栄純日本代表コーチ)とまでいわれる重要なポジションだが、先のアジアカップではパーフェクトに難しい仕事をやりとげた。アジアカップ後、オフトは旧知のサンフレッチェ・河内ヘッドコーチに「チームで1番頼りになるのは森保だ」と耳打ちしたという。

 

<この原稿は『月刊現代』(講談社)1993年3月号に掲載されたものです>

 

 彼の優秀さを物語るエピソードは、無名性を物語るエピソードと同様、枚挙にいとまがない。その1つが“ボール無し写真”である。森保にはボールを持っている写真がほとんどない。なぜか。球離れが早いからである。ボールを持って右往左往し、バックラインが破綻をきたすようなプレーをする選手に、このポジションはつとまらないのだ。

 

「森保の役割は言ってみれば中継タワー。シンプルな動きが大原則です。それには速い判断力と決断力がいる。我々はシンキング・スピードと呼んでいるんですが、それが彼は抜群にいい。加えてポジショニングがいいから相手に容易にパスを出せない。チーム全体から見れば地味な汚れ役ですが、彼にかわるキャラクターはいません」(清雲栄純コーチ)

 

 清雲コーチのコメントをオフトが裏付ける。

「日本代表に必要なアクトは何か?」という専門誌のインタビューに彼はこう答えているのだ。

 

「まずスピード。考えるスピード、ボールを持っていないときのスピード。日本はこれまでボールを持ってやるサッカーに基本を置いてきた。しかしサッカーにおいて最も大切なことは、ボールを持たないで行なうプレーだよ。1人の選手が、ボールに関わる時間は1試合で5分、だからボールを持った選手にとって1番大切なのは、他の選手がいったい何処に走っていくかなんだ」(「イレブン」3号)

 

 危険地域を担当するディフェンシヴ・ハーフのミスは、イコール1点の失点を意味する。森保が抜かれるということは、防波堤に穴を開けられるということと同義と考えていい。即ちノーミスこそがこのエリアを管理する上での大前提なのである。

 

「森保は仮に10本のうち3本しか敵のボールを取れなくても、残り6本くらいは後ろが守りやすいように相手側のパスのコースを制限している。いくらフィジカルにすぐれていて6本のボールを奪うことができても、残り4本はどうなるか分からないのでは、このポジションはつとまらない。このポジションの最大の任務はディフェンスラインの前の地域で、いかに相手のプレーを制限できるかということ。情熱にかられて前へ突っ込んでいくような選手は、その性格だけで失敗といえるでしょう。

 

 あえて課題をいえば、もらったボールを逆サイドへ展開できるようになれば、もっとチーム全体の攻撃の幅が広がる。森保がそういうプレーをすれば、日本代表はワールドカップに出るだけではなく、出て旋風を巻き起こすことも可能でしょう」(サッカージャーナリスト・大住良之氏)

 

 元日本代表ディフェンダーの宮内聡氏は「中盤のラモス、北沢、福田らが思いっ切り前に飛び出せるのは森保が中盤の底でしっかりと守り、攻撃の起点をきちんとつくっているからだ」と分析する。弾を撃つのがフォワードの仕事なら、さしずめ森保の仕事は銃弾の補填といったところか。さらには敵が攻め込んでくれば楯の役割も果たす。ミスは許されず、ファインプレーは必要とされない。求められるのはひたすらチームへの献身と奉仕。もちろん禁欲的であることは言うまでもない。

 

 

 弱冠24歳の“いぶし銀”がグラウンド上で考えていることは、いったい何か。

 

「まず目立つプレーがあっちゃダメということ。どうしてもボールを追いかけたくなる時がありますが、そういう場合には“試合にのめり込むな!”と自分に言い聞かせます。ポジショニングでは、たとえばパスを出すコースが2つあったとする。すると、僕はそのうちの1つを確実に消せばいい。相手の攻撃を可能な限り限定することによって後ろの選手が守りやすくなる。それは組織的なディフェンスの基本ですね。もう1つはチームのバランスをたえず保つということ。僕が上がったり下がったり、あるいは左右に動くと中が崩れてしまう。これは絶対に避けねばならないことです」

 

 チーム・バランスはオフトが意図するサッカーのベースでもある。フォワード、中盤、ディフェンスからなるスリーラインを35メートル以内の距離の中でほぼ等間隔で維持し、この距離の中で攻撃と守りを組み立てる。中盤の北沢、ラモス、福田が出ていった時、それにつられて森保も出ていくと、中盤にポッカリと穴ができ、そこにボールを放り込まれて決定的なピンチを招きかねない。森保がケアする中盤の底の位置は、サッカーの地政学上、最も重要なポイントなのだ。

 

 昨年8月に行なわれたダイナスティカップの中国戦では中盤のラインがディフェンスラインに吸い込まれ、真ん中が手薄になったところへボールを落とされ、そこを起点にして波状攻撃を仕掛けられた。1度バランスを崩してしまうと、決壊した堤防を修復するのと同様の困難を強いられるのがサッカーの怖いところなのだ。

 

 チームのへそにあたる中盤の底に陣を張り、すばしこいナマズのように用心深くゲームをコントロールする。“オフトの秘蔵っ子”森保一。92年、日本サッカー界の最大のヒットはハンス・オフトを監督に招いたことであり、そのオランダ人監督の手によって名もない卵が孵化したことだった。国外の「才能」と日本では認められなかった「才能」が牽引力となり、日本代表を初のワールドカップに導くことができたとしたら、これほど痛快な話はない。

 

(おわり)


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