「馬場さんとの思い出があれば何か教えてくれませんか?」

 先月の『ジャイアント馬場没後20年追善大会』の試合後、プロレス番組のスタッフから声を掛けられた。

 

 真っ先に頭に浮かんだのは、初めて試合をした時のことだ。

「馬場さんにやられた脳天唐竹割りは恐ろしく効きましたよ」

 

 ババチョップの説明に僕は力を込めた。

「考えてみると脳天への攻撃なんて危ないですよね。ボクシングだって、脳天と後頭部への攻撃は反則なのですから」

 

 僕は、いろんな選手と闘い、これまで沢山の技を喰らってきたが、あの一撃は今でも忘れることができない。

 間違いなく痛かった技、ベスト3に入るのだ。

 

「まだ20代の頃だったので、僕はかなりいきがっていたと思います。馬場さんの胸板をめがけ、思いっきり蹴りをぶち込んだのですが、次の瞬間、頭に経験したことのない激しい痛みが走りました」

 身体がビックリし過ぎたのか、無意識に場外へエスケープしていたのだ。これには自分でも驚いた。

 防衛本能が働いたのであろうか? 数十秒とはいえ、僕は敵前逃亡してしまったのである。

 

「あんなことは後にも先にもなかったですね。しばらく場外で回復を待って試合を続行しましたが、あの痛みは忘れられません」

 プロとして恥ずかしい失態を犯した僕は打たれ弱い、チキン野郎だったのだろうか?

 

 いやいや、これまで名のある強者の必殺技を真正面から受けてきている。

 あのスタン・ハンセン選手の伝家の宝刀ラリアットやビッグバン・ベイダー選手やゲーリー・オブライト選手など超大型レスラーが繰り出す強烈な投げ技に意識を飛ばしながらも何度も立ち上がってきた。

 

 それだけではない! U時代の高田延彦さんのローキックなんて、まるで金属バットで殴られたような破壊力だった。トップ選手の必殺技は当たり前だが、強烈極まりないのである。

 

 これらの技を凌ぐほどババチョップの印象が残っているのは、そのギャップに違いない。

 僕が対戦した時、馬場さんは還暦を迎えていた。つまり、お爺さんだったのである。

 

 誰の目から見ても強そうには見えなかったのだ。それを証拠にお笑いの関根勤さんをはじめ、多くの芸人たちが馬場さんのモノマネをコミカルにやっていた。

 スローな動きにソフトタッチなババチョップ。プロレスが色物に見られているようで、決して気持ちの良いものではなかった。

 

「プロレスがバカにされる元凶は馬場さんだ」

 当時の僕は、こんな風に思っていたのかもしれない。

 視野の狭かった僕は、自分のスタイルこそが一番だと信じ、調子に乗って向かっていったところで、出鼻を挫かれるその一撃を喰らったというわけなのだ。

 

 ぶっちゃけ、ナメていた部分があったのだと思う。もちろん、相手もそれに気がつかないわけがない。

 僕に対して懐にしまってあったナイフを出したとしてもおかしくないだろう。

 

 つまりは、この試合で戦闘モードの馬場さんを引き出してしまったのだ。

 考えてみると身体の大きさが規格外なのだから、マックスの力を出したとしたら、それはひとたまりもないだろう。

 

 身長は2メートル9センチもあり、骨の太さなんて目視だけでゴツイのがわかる。

 細く見えていた腕も普通の選手の倍近い長さがあるのだから、そう見えていただけで当然一般男性と比べたら筋肉量は物凄く多いのだ。決して筋力が弱いわけではないのである。

 

 特にババチョップで使う上腕三頭筋は、長さに比例して強いパワーを生み出すので、力が強かったのは解剖学的にも証明されている。

 

 考えてみてほしい!

 腕を上げたら3メートル以上もあるかという高さから、骨太なゴツイ手が急所である脳天に振り落とされたのだ! 激痛で、のたうち回って当然ではないだろうか?

 

 かなり昔の話になるが、海外の知人からケリー・フォン・エリック選手のインタビュー記事に「日本での試合で馬場のチョップが効いた」と載ってあったと教えてもらったことがある。

 つい最近読んだ記事でも全日本プロレスの社長である秋山準選手が、「馬場さんのチョップは手首の出っ張った骨を頭に当てるから物凄く痛かった」とコメントしていた。

 

 ババチョップ最強説を唱えているのは僕だけではなかったのである。

 確かに晩年の馬場さんは、アイコンのような役割に徹していたが、若い頃はドロップキックを繰り出すほどの身体能力の持ち主だった。あの長身を考えると凄いことだ。

 

 馬場さんが、米マット界でトップヒールとして、大金を稼いでいたのは有名な話だが、東洋人が向こうでトップを掴むには、表現力とは別に格闘能力が高くないと潰されていたはずだ。

 つまり観客のわからないところで、対戦相手の力を封じ込めるシュート力が必要だったのだ。

 

 デカイ選手がゴロゴロいるアメリカのテリトリーで、トップを張っていたことを考えるとその実力は本物であったと認めざるを得ない。

 そんな馬場さんの一面を、試合を通じて垣間見れたのだから、今考えると僕は貴重な経験ができたのだと思う。

 

「シュートを超えたものがプロレス」

 いま馬場さんのこの言葉を噛み締めている。

 

(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)

 


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