(写真:WBSS準決勝を行う英国へ出発した井上尚弥 ⓒWorld Boxing Super Series)

「十分にトレーニングを積むことができ、体調も万全で自分に期待しています。過去最高の状態に仕上げることができました」

 5月8日、羽田空港で集まった報道陣に向かって、そう力強く話した井上尚弥は、決戦の地、英国グラスゴーへ発った。

 

 大一番が刻一刻と近づいている。

 WBSS(ワ―ルド・ボクシング・スーパーシリーズ)バンタム級トーナメント準決勝、井上尚弥vs.エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)は、5月18日(現地時間)にスコットランド地方の街、グラスゴーにあるSSEハイドロ(13000人収容)で行われる。

 

 ロドリゲスは尚弥と同じ26歳で現IBF世界バンタム級王者。これまでのプロ戦績は19戦全勝。この中には12のKOが含まれている。オーソドックスに構えコンビネーションからの右ストレートが武器で、スピードもありバックステップも巧くディフェンスも堅実なボクサーファイターだ。

 

 この試合は王座統一戦でもある。

 尚弥が保持するWBA世界バンタム級王座とロドリゲスのIBF世界同級王座が賭けられる。

 勝利すれば、尚弥は2団体統一王座となるわけだが、その可能性は極めて高いと見られている。

 

 英国にはいくつかのスポーツブックがあるが、大方が「5-1で井上尚弥が有利」とのオッズを発表している。

 ロドリゲスは無敗の選手。穴が少なく堅実な選手であり強者だが、多くの者が、スキルのすべての面において“モンスター”尚弥がロドリゲスを上回ると評価しているようだ。

 

 英国ボクシング会場独特の空気

 

(写真:ロドリゲス<右>との対戦は米国で最も権威ある専門誌「ザ・リング」認定ベルトもかかる ⓒWorld Boxing Super Series)

 私も早いラウンドで尚弥のパンチが、ロドリゲスを戦闘不能に追い込むと思う。ギャンブルにおいては、“穴狙い”が好きな私でも、今回、スポーツブックでロドリゲスの勝利に賭ける気にはならない。ロドリゲスの試合映像を観た限り、アップセット(番狂わせ)が起こるイメージが浮かばないのだ。

 

 それでもリングの中では何が起こっても不思議ではない。

 もしも、本当にもしもだが、尚弥が不覚をとるとすれば、それは、距離感を上手く測れずにロドリゲスにペースを掴まれた時だけであろう。

 

 実際に行ったことがないから私には解らないが、英国のボクシング会場には独特な空気が漂っているとよく聞く。そんな中で尚弥が序盤に勝負に出てペースを狂わされたならば、8ラウンド、9ラウンド、10ラウンドと重ねていく中で、スタミナに自信を持つロドリゲスに敗れることもあるのか……。気になるのは、英国のボクシング会場に漂う空気である。

 

 これはボクサーに限ったことではないが偉大な功績を残した何人かの格闘技選手が、こんな風に私に言った。

「大切なのは本番直前のイメージなんですよ。上手にイメージできたことは本番でもできる。でも、環境等に左右されて、それが伴わないと思わぬ状況に追い込まれてしまう」

 

 尚弥は異国の地で、いかなるパフォーマンスを見せてくれるのか。魔物が棲んでいるか否か。喫煙者に冷たい国には行かないと決めていた私だが、英国のリングで闘う尚弥の姿を、どうしても空気感が伝わる場所で観たい。グラスゴー行きのエアチケットを予約した。

 

近藤隆夫(こんどう・たかお)

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)。

連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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