カード変更についてのお詫び
「やっぱり左の肩の奥が痛みます」
久しぶりのスパーリングを終えた僕は、トレーナーに隠すことなく打ち明けた。
昨年のカッキーライド(鈴木みのる戦)が終わってから、肩の痛みにずっと悩まされていたが、それは四十肩によるものだと勝手に思い込んでいた。
「ここまで長引くなんて普通じゃない」
本来なら8月に熊本で控えている藤原喜明組長との試合に向け、ピッチを上げて練習をしなければいけないところだ。
しかし、ベンチプレスをやろうと試みても60kgが限界。さすがにこれではヤバいと焦りが出てきた。
そんな中、熊本プロレス祭り実行委員の方と会い、話をすることになった。
「垣原さんに(大会へ)出ていただけて本当に嬉しい。熊本で本物のUWFを見せられるのは主催者として大きな喜びです」
僕はこの言葉を受けて、今の自分のコンディションで、その期待に応えることができるのか自分に問いただしてみた。
正直、この数カ月でスパーリングをやった回数を考えるとシングル戦ができるレベルにあるとは到底思えなかった。
大会の実行委員の方には、「今の自分ができるベストを尽くします」と約束したものの、言葉とは裏腹に心の中では深い霧が立ち込めていた。
振り返ると4月と5月は、YouTube撮影や昆虫イベントで多忙だったこともあり、肩の治療に費やす時間が全く取れなかった。沖縄や台湾遠征、これに加えて東北でのイベントの旅に追われる日々であったのだ。
せめて古傷の状態だけでもマシになっていれば気持ち的に違うのだが……。
このまま自分を騙してリングに上がって良いのか?
今の状態で、本物のUWFを熊本の皆さまにお見せできると誓えるのか?
もう1人の自分からの問い掛けに僕の心は大きく揺れ始めていた。
話し合いの席が終わってからも一晩中、悩みに悩み続け、結局一睡もできないまま朝を迎えた。
「これ以上、グチグチ考えていても前に進めない。よし、決めた」
僕は、実行委員の方に現状を正直に告白することにした。
今の身体のコンディションでは、自分の思い描いているUWFの試合ができないこと。これからの季節は本業であるクワレスで多忙となるため、練習や治療が片手間となってしまうこと。そして、これらの理由から今年はカッキーライドも行わないことを本音でぶつけたのであった。
おそらく藤原さんとシングルで試合をする機会など今後ないだろう。
本当に勿体ない話だ。未練がないと言ったら嘘になる。十代の頃からずっとUWFに憧れていた人間にとって、こんなチャンスを棒にふることは苦渋の決断であった。
「何よりも自分の出場を期待してくださっていたファンの皆さまに本当に申しわけなく思います。もしまたチャンスをいただけることがあれば、次は必ずベストの状態でファイトします」
僕は断腸の想いで、カード変更の旨を伝えたのであった。
出られなくなった以上、次に自分がやるべきことは代わりの選手を探すことだ。
「カード変更の責任として、マッチメークのお手伝いをさせて下さい」
僕は大会の主催者に試合カードや選手のブッキングのサポートを願い出た。カッキーライドの経験があるので、ファンが喜ぶカードや選手のコネクションには多少なりとも自信がある。
「九州でのUWFマッチなので、中野選手がファンに響くような気がします」
僕は、かつて博多男の異名で人気を博した中野龍男さんを真っ先に候補に上げた。
藤原組長vs.中野選手なんて、新生UWFの匂いがして往年のUファンは大喜びするに違いない。他にも2~3人の選手の顔が頭に浮かんだが、実行委員の方のマッチメークの方が遥かに上回っていた。
なんと、船木誠勝選手と藤原組長のシングルカードを口にしたのである。
これが電撃決定し、すぐさま発表したのには腰を抜かすほど驚いた!
と同時にカード変更の申し出が吉と出たことが何よりも嬉しかった。
「いやぁ、僕と藤原さんとのカードより10倍、いや100倍いいですよ。これは僕も熊本に密航したくなります」
お世辞ではなく本音であった。
熊本の往年のファンが喜ぶ、UWFの黄金カードが誕生したことで、正直僕の肩の荷も下りた。
「来年に目を向け、地道にトレーニングに励みます」
今年は、身体のメンテナンスをしっかり行い、来るべき時に備えたいと思う。
(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)