元気が一番 アントニオ猪木
この言葉が一番似合うのは、やはりアントニオ猪木さんだろう。
しかし最近では、元気を売りにしていた猪木さんに対し、体調を心配する声をよく耳にする。
政界を引退されたこともその要因のひとつだが、さすがの猪木さんも歳には勝てないのかもしれない。
僕の中での猪木さんは、マグマのようにエネルギーが湧き出ているイメージのままだ。
初対面の印象があまりにも強列に残っているからだと思う。
今から15年前になるが、ロサンゼルスにある新日本プロレスの道場で関節技の指導を受けたのが最初だったと記憶している。ちなみに当時の僕は、バリバリの現役選手であったが、猪木さんはとっくに引退しており、道場へは時々コーチとして顔を出している程度であった。
「オレにアキレス腱固めをかけてみろ」
外国人レスラーとスパーリングをしている僕に猪木さんは声をかけてきた。
「思いっきりやってこい」
僕は大先輩に関節技をかけて良いものか少し躊躇したが、指示通りにアキレス腱固めの体勢に入り、猪木さんの足を思い切り絞り上げた。
しかし、全く痛がる様子はない。正直、手ごたえはあるのだが、その反応とのギャップに僕は戸惑った。僕はUWFに在籍していたのだから、関節技が不得意ではない。アキレス腱固めはむしろ得意な部類に入るだけに猪木さんが痛がらないことが不思議でならなかった。
「じゃあ次はスリーパーをやってみろ」
今度は、首を絞めるスリーパーホールドをやってこいと言うのである。
さすがにこれは我慢できる技ではない。スリープからくる技のネーミング通り、意識がなくなり落ちてしまうからだ。
「遠慮はするな!」
縦社会のプロレス界は先輩の言葉は絶対だ。僕は後のことなど考えず猪木さんの首を力いっぱい絞め続けた。段々と顔が赤く変色してきたものの“参った”をする素振りは見せなかった。
当時は何故、猪木さんに関節技が極まらないのだと頭を悩ませたが、いま思えば心のストッパーを外せなかっただけなのだろう。つまり一線を越えるかどうかの引きがねを僕は引けなかったのである。僕のことを信用したからこそ、猪木さんは技をかけさせたのだと推察する。
これが危ない格闘家なら、きっと自らの体を預けたりはしないだろう。
つまりは、会って一瞬で僕の従順な性格を見抜いたのである。
この世界はトンパチ(イカレた)が多いだけに易々と信用はできない。かつて新弟子だった前田日明さんは、猪木さんとの初スパーリングで金的攻撃と目つぶしを仕掛けたという。
いろいろな国で数々の修羅場をくぐってきた猪木さんは、瞬時に相手の心を読み解く術を習得したのだと思われる。
UWFやノア、全日本プロレスなど様々な団体を渡り歩いた僕のことを問題児扱いする人もいたが、海千山千の猪木さんから見れば、牙の抜け落ち飼いならされた可愛いペット程度にしか見えていなかったのだと思う。ファイターとしては物足りないが、人としては間違っていないだろう。
それを証拠に翌年には北朝鮮やアマゾンに猪木さんと同行させていただく幸運に恵まれた。
ロスの道場で猪木さんを絞め落としていたら、これらの経験はできなかったに違いない。
特にアマゾンに行けたのは大きかった。この旅は僕の人生を大きく変えたと言っても過言ではない。
アマゾンへは、森林保護を目的とした「ジャングルファイト」という格闘技イベントに参加したのだが、ここで森を守るという活動が僕の心に突き刺さった。
「日本でもこのような活動をやりたいな。子どもたちに森の大切さを伝える役割を担いたい」
当時、ぼんやりだがこのような熱い想いが湧き上がっていた。
それを形にしたのが、現在行っている昆虫イベントのクワレスだ。
外来種問題を分かりやすく可視化したのが、クワレスなのである。小さなお子様にも理解してもらえるようオリジナルのイラストが入ったパネルを見せながらミヤマ仮面が説明する。
毎年、夏休みは全国あちこちで、チビッコたちを集めて、昆虫バトルのクワレスをやるのだが、ここで森の生態系の話を出し、自然環境の大切さを啓蒙している。
昆虫ヒーローの言葉は、ストレートに伝わるだけに僕も生半可なことは言えない。
昆虫界の大御所の先生に付いて虫や自然のことを真剣に学び、フィールドに出ては自分の目でしっかり観察を続けている。
養老孟司先生をはじめ、虫を研究されている年配の方は不思議とみんな元気だ。
おそらく、虫を求めて森へ行くことで、新鮮な空気を体に取り込み、細胞レベルで活性化しているのだと思う。山の傾斜を上り下りすることで足腰を強化できているのも良いのかもしれない。
「元気があれば何でもできる」
これは猪木さんの言葉であるが、元気が一番であることを忘れず、この夏の猛暑を乗り切りたいと思う。
(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)