第907回 パラ開催国として歩きスマホ対策を

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<全盲男性 蹴られる>。6日付けの東京朝刊、社会面に掲載された毎日新聞の記事の見出しである。<点字ブロックの上を歩いていた全盲の男性が通行人と正面からぶつかり、白杖が壊れた>。ひどい話だが、この手の出来事は、以前にも聞いたことがある。驚くのは、この後だ。<つえを拾おうとかがんだところ、男の声で「目が見えないのに1人で歩くな」と言われ、右足を蹴られたという。けがはなかったが、相手はそのまま立ち去ったという>。今月3日、京王線京王八王子駅前での出来事だ。

 

 いよいよ来年7月にはオリンピック、そして8月にはパラリンピックが開幕する。確か2020年大会の基本コンセプトのひとつに<一人ひとりが互いを認め合い(多様性と調和)>という項目があったはずだが、この国は大丈夫なのか。

 

 記事によると被害に遭った男性はNPO法人「八王子視覚障害者福祉協会」副理事長の宮川純さん。<ぶつかった直後にスマートフォンが落ちたような音を聞いた>とある。衝突の原因は“歩きスマホ”による前方不注意だった可能性が高い。

 

 先週の土曜日、津田塾大学で「東京2020パラリンピックが導くダイバーシティ進化論」をテーマに講演を行った。その際、“歩きスマホ”の危険性を、パラアスリートたちの言葉を引用しながら指摘した。

 

 前回のリオデジャネイロ大会にも出場した女子視覚障がい者柔道・半谷静香の身長は1メートル56センチである。彼女によると「男の人たちが操作していると、スマホがちょうど私の眉間の位置になる」という。「移動中に困るのは、駅で“歩きスマホ”をしている人たち。勢いよくぶつかってこられると、とても痛いんです。謝りもせず、そのまま無言で歩き出す人もいます」

 

 これだけでも迷惑極まりない話だが、中には“逆ギレ”する人もいるというから呆れる。「“どこ見てんだ!”と怒鳴られることもしばしばです。私は怖くて、心の中で“どこも見てねぇよ”って言い返すのが関の山です。ハハハ」

 

 文明の利器であるスマートフォンが凶器と化す皮肉。こうした現状を放置したままでは、「おもてなし」どころか「心のバリアフリー」も掛け声倒れに終わりかねない。今ほど実効性の高い安全対策が求められている時はない。

 

<この原稿は19年7月10日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>

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