「まさに金属バットで殴られたような衝撃でした」

 

 

 試合を振り返り、そう語った男がいる。バルセロナ五輪柔道78キロ級金メダリストで、後にプロ総合格闘家に転身した吉田秀彦である。

 

 2006年7月、PRIDE無差別級グランプリの2回戦でクロアチアのミルコ・クロコップと戦った吉田は、生涯初のTKO負けを喫した。

 

 踏み込もうとする吉田の左足を破壊したのは、ミルコの右ローキックだった。何発かくらっているうちに足を引きずり始め、左のアッパーでダウンを奪われた。

 

 かろうじて立ち上がったものの、吉田に余力は残っていなかった。ヒザ付近へのローキックでとどめを刺された。

 

 後日、本人に話を聞いた。「ミルコのキックの威力はハンパじゃなかった。1発目でガツンときた。あれは耐えられない。単なる痛みなら何とかなるのですが、足に力が入らなくなっちゃった。足に心臓があるみたいに、ドックンドックンしている。

 

 一度(キャンバスに)寝て、そこで痛みをやわらげて、またやろうと思ったところにタオルが入った。まあ仕方ないですね。あれ以上やっても厳しかったと思います」

 

 当時の私の取材ノートには、こうある。

<電柱でもへし折ってしまいそうな重くて鋭い蹴り。吉田、足ごと“伐採”される>

 

 過日、冒頭と同じセリフを、再び耳にした。今回の言葉の主はK-1ファイターの武尊である。

 

 さる3月10日、K-1が主催する「日本vs世界 7対7対抗戦」が行われ、メインイベントに登場したスーパーフェザー級王者の武尊は、ムエタイ・ラジャダムナン系フェザー級王者ヨーキッサダ―・ユッタチョンブリー相手に2回KO勝ちを収めた。

 

 聞けば、このタイ人は、これまで150戦して、一度もKO負けのないタフなファイター。それを右ストレートからの連打で仕留めたのだから、これは快挙である。

 

 しかし、本人によると初回にくらったミドルキックに衝撃を受けたという。

 

「まるで金属バットで殴られたような感じ。ブロックした腕が折れるかと思いましたよ。こんな蹴りを3ラウンドに渡って受け続けたら、絶対に耐えられない。それで“もう行くしかない!”と腹をくくったんです」

 

 結果的には、「痛みの限界」が吉と出た。退路を断っての早い仕掛けが功を奏したのである。

 

 それがメシのタネとはいえ、格闘家には頭が下がる。

 

「金属バットの痛み」からは生涯、無縁でいたいものだ。

 

<この原稿は『週刊漫画ゴラク』2019年7月26日号に掲載されたものです>

 


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