国家なくして国歌は成立せず、国歌なくして国家は威厳と求心力を持ち得ない。

 

 来月20日に開幕するラグビーW杯日本大会には20の国と地域が参加する。試合前には両チームの国歌がスタジアムに流れる。それに注目したのが元日本代表主将の廣瀬俊朗だ。「いろいろな国の人たちと、肩を組んで国歌を斉唱してもらいたい」。彼が立ち上げた「スクラムユニゾン」が中心となり、“国歌おもてなし”プロジェクトがスタートしたのが5月中旬。大会終了後、アンセムを通じた草の根的な国際交流は人々の記憶の中にレガシーとして刻まれるはずだ。

 

 しかし、国歌は私たちが考えているほどヤワではない。それゆえ、とりわけ少年少女に教える際は、取り扱いに注意した方がいい。それくらい生々しく、また好戦的なのだ。

 

 たとえば、日本の2戦目の相手アイルランドの国歌は題名そのものが「兵士の歌」である。英国からの独立をめざすアイルランド義勇兵の行進曲がベースとなっている。<砲撃のうなり 銃声のとどろき 我らは兵士のうたをくちずさむ>。作詞したペアダル・キアニーは語っている。「英軍に加わることを潔しとしない誇り高きアイルランド人たちを勇気づけたかった」(弓狩匡純著『国のうた』より)

 

 4戦目の相手はスコットランド。歌詞の中に<エドワード軍への決死の抵抗>というフレーズがある。続けて<暴君は退却し 侵略を断念せり>。エドワード軍とはイングランド王エドワード2世が率いた軍隊のことである。1314年、これをバノックバーンの戦いで撃破したのがスコットランド国王ロバート1世。イングランド人が耳をふさぎたくなるような、こんなフレーズも。<過去には確かに存在した我が国><今こそ国家の独立を果たすのだ!>

 

 革命由来の国歌もある。フランスの「ラ・マルセイエーズ」だ。元々はオーストリア・プロイセン連合軍に対峙していたライン方面軍のために作られた歌だが、先の題名に改められ、マルセイユ志願兵がパリ入城の際に口ずさんだ。<武器を取れ 市民らよ>。このパートはよく知られている。ここからがスゴい。<進もう 進もう!汚れた血が我らの畑の畝を満たすまで!>。戦場ではなくピッチにおけるアドレナリンの平和利用、ラグビーW杯はその祭典でもある。

 

<この原稿は19年8月28日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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