たかだか59年と7カ月しか生きていない分際で言うのも何だが、この国では昨日までの論調が一夜にして変わることが少なくない。振り子が右から左へ、あるいは左から右へと極端に振れるのだ。

 

 3年前に他界した昭和3年生まれのオヤジが、酔うと苦虫を噛み潰したようにこぼしていた。戦中、教師に徹底して叩き込まれた言葉が「鬼畜米英」。だが終戦後、学校に戻ると「米国万歳」になっていた、と。「およそ教師と名のつく者のいうことは信じちゃいかん」

 

 詰め込み教育撲滅。知識偏重型の教育方針を是正するかたちで1980年代初頭にスタートしたのが、「ゆとり教育」。授業時間は軽減され、内容も平易なものに改められた。だが、しかし――。2000年代に入って子供たちの学力低下が指摘され始めると、今度は一転して「脱ゆとり教育」である。

 

 労働現場に目を転じよう。私も愛飲していた「R」の頭文字の栄養ドリンクが世に出たのは1988年。バブル崩壊3年前のことだ。「24時間戦えますか!?」。宣誓調のCMが話題を集めた。CMの最後の方では「ジャパニーズ・ビジネスマン」という掛け声が連呼された。

 

 ちなみに今は亡き衣笠祥雄が連続試合出場の“世界記録”を達成したことが評価され、国民栄誉賞を受賞したのは、この栄養ドリンクが販売される1年前のこと。骨折しても試合に出続ける。何があろうとも弱音を吐かない――。衣笠こそは、まさに「ジャパニーズ・ビジネスマン」の鑑であったのだ。

 

 あれから30年。世は「働き方改革」の真っ只中にある。「24時間働け!」なんてやったらアナタ、すぐに労働基準監督署に訴えられますよ。「サラリーマンの鑑」なんて言葉は既にして死語である。

 

 スポーツの世界における理想のリーダー像も一変した。64年東京五輪で“東洋の魔女”(バレーボール全日本女子)を世界一に導き、カリスマ指導者と呼ばれた大松博文の代表作のタイトルは「おれについてこい!」(講談社)。今なら「パワハラの疑い濃厚」だろう。あれもパワハラ、これもパワハラ。それに飽きたら次は「スパルタ復権」か。あたかも「ゆとり教育」が否定されたように。深呼吸でもして冷静に考えたい。極端から極端への往復は、この国を、そして人々を幸せにしたのだろうか。今こそ中庸の精神が求められる。

 

<この原稿は19年9月4日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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