松尾雄治(元ラグビー日本代表)<後編>「第二の故郷・釜石」

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二宮清純: 松尾さんがラグビーを始めたのはラガーマンだったお父さんがきっかけだったそうですね。

松尾雄治: オヤジからは「オマエにはラグビーしかない。すべての物事はラグビーで考えろ」と言われたよ。「ラグビーだけをやっていればいい。他のことは一切やるな」とも。ウチは「勉強しろ」ではなく「勉強するな」という家庭だったからね(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

二宮: ラグビー版の星一徹だったんですね(笑)。

松尾: 「鉛筆を握って勉強するようなヤツは嫌な人間になる」というのがオヤジの哲学だった。「人間で一番大事なのは五感だ。それは勉強することで失われてしまう。何もしないまま大人になってみろ、こんな素晴らしい大人はいないぞ」などとも言われたよ(笑)。

 

二宮: アハハハ。それほどラグビーに徹して欲しかったということでしょうね。

松尾: そうだったんだろうね。オヤジは「農耕馬がダービーで優勝することはない。逆にダービー馬が田舎で重い荷物を引かされれば3日で死ぬ。人それぞれ違うわけだから、持っていないものをやらせようとする親は間違っている」が持論だった。僕はカバンも持たずに学校へ行きましたよ。

 

二宮: 高校(目黒高校)、大学(明治大学)時代に全国制覇を経験しました。大学卒業後、新日鐵釜石に入社。他のチームからも誘いがある中、釜石を選んだ理由は?

松尾 僕にはラグビーしかない。だからどのチームが一番ラグビーを愛し、ラグビーに熱いかを大事にしたんだ。リコーからも誘いがあったんだよ。ロンドンでコーチの免許をとり、現地勤務にしてくれる、という条件付きでね。だけど僕は最初からそういうことは考えられなかった。とにかくラグビーをやるということだけに集中したかった。

 

二宮: 明大の北島忠治監督からは進路について何か言われましたか?

松尾: 北島先生には4年の時、「松尾、新日鐡がオマエを獲りにきているぞ」と告げられただけだったよ。実はその時、新日鐡は新日鐡でも八幡だと思っていた。八幡と言えば名門でしょう。八幡製鉄時代に全国社会人大会を12回も制し、日本選手権も1回優勝していた。ところが、よく聞くと釜石だった。

 

“ハガネのラガーマン”

 

二宮: 釜石は松尾さんが入社するまで全国社会人大会優勝は1回のみです。日本選手権に至ってはゼロでした。それに東京生まれ東京育ちの松尾さんからすれば釜石は“異郷の地”のように感じられたのでは?

松尾: 釜石に行って、まず驚いたのは寒いことだね。10月を過ぎたら、もう土のグラウンドに霜が降りてきて、凍っちゃう。蒔いた種が風で飛んでいくから芝も生えてこない。東京の人間からすれば、もう異常な寒さだったよ。雪はそう多くないけど、風がピューピュー吹きつけてくるんだ。少しでも暖をとろうと、スパイクの中に唐辛子を入れて練習したもんだよ。僕はやせていて寒さに弱かったからね。

 

二宮: 厳しい寒さに耐えることで根性も鍛えられたと?

松尾: ホントだよ。根性も鍛えられたし、田舎だから東京と違って誘惑も少なくラグビーに集中できる環境だった。選手はほとんどが地元の工業高校を出た真面目なヤツらばかりだった。朝の8時から午後4時、午後4時から午前0時、午前0時から8時、と溶鉱炉での仕事は3交代制。ところがラグビー部員だけは常勤にしてもらっていた。これだけでもありがたいのよ。工場長や作業長の理解がないとできないことだからさ。だから僕たちは常に“皆さんの気持ちに応えなくちゃいけない”という感謝の思いを持ち続けていましたよ。

 

二宮: 釜石の選手たちは“ハガネのラガーマン”と呼ばれていました。松尾さんは以前、釜石の選手たちのことを「誇りに思う」とおっしゃっていましたね。

松尾: 地元の選手はね、高校でラグビーをやっていたといっても一線級は、ほとんどいなかった。そして、そのことを皆が自覚していた。だから工場の階段を上り下りする時も、重い工具をぶら下げ、足腰を鍛えているんだよ。歩くのだって、わざとかかとを上げて歩いたり、社宅から走ってきたりと、皆涙ぐましい努力をしていましたよ。僕はそこにラグビーの原点、アマチュアリズムの原点があると思ったね。これはね、東京の大学や会社では味わえないもの。OBの人たちも素晴らしい人ばかりだった。入ってから分かったね、“釜石でラグビーをやって正解だった”と。

 

二宮: 釜石での9年間は相当濃い時間だったと?

松尾: 僕のラグビー生活、最後の9年間はかけがいのないものだったね。森重隆さんから跡を継いでプレーイング・マネジャーになった時、正直、“もう絶対勝てない”と思った。森さんに限らず主力が一気に抜けたからね。ところが、そのことで逆に開き直ってプレーできた。だから5連覇から7連覇にかけての3年間は、余計なプレッシャーを感じずにラグビーを楽しめた貴重な時間だった。

 

二宮: あの頃の松尾さんは神懸かっていましたね。

松尾: 僕もそう思う。そしてケガで辞めるべくして辞めた。歴代のOBたちも「自分がプレーを続けるより辞めた方がチームのためだ」と辞めていきました。OBたちの潔さが7連覇をつくったと言っても過言ではないね。

 

 復興のシンボルに

 

二宮: チーム内での“飲みニケーション”もありましたか?

松尾: チームメイトは全員、近所に住んでいた。練習が終わった後の夜は皆で飲みながらラグビーの話をするしかなかった。酒を飲むと選手の本音も出てくる。釜石の人たちは飲んで暴れたり、ケンカする人もいなかった。優しい人が多かったよ。住んでいたのは9年間だけど、僕の第二の故郷だね。

 

二宮: 釜石市は2011年3月に起きた東日本大震災の被災地です。松尾さんはどこにいましたか?

松尾: 東京にいたよ。すごい揺れだったので、釜石時代の仲間たちと連絡を取ったけど誰にも繋がらない。やっとひとりの人間につながったんだけど、「今は無理だ。来なくていい」と言われたね。逆に迷惑がかかる、というわけよ。それで僕は援助の資金を集めたり、物資を送ったりした。知っている人も随分、亡くなったよ。あのへんの地形は全部覚えているから、どこで、どんな状態で亡くなったか、手に取るようにわかるの。あれは悔しかったね。

 

二宮: 今回のW杯日本大会は釜石で2試合(9月25日、10月13日)が行われます。

松尾: そうだね。開催が決まった時は本当にうれしかった。“7連覇している新日鐡釜石の本拠地・釜石を抜きにして、他でW杯はやれないだろう”との思いもあったよ。“釜石のみならず岩手県、東北、そしてこの国を勇気づけるには、釜石でやるしかないんだ”と。フィジー、ウルグアイ、ナミビア、カナダの選手たちにはいい試合を見せてもらいたいね。僕は釜石市民ホールでトークショーに出る予定だけど、グラウンドや解説席で何か偉そうにしゃべっているより、その方が僕に合っているじゃない。昔から知っている多くの仲間たちや市民たちと触れ合えるのが心から楽しみです。

 

二宮: 最後に改めて『木挽BLUE』の感想を。

松尾: とっても爽やかで美味しいね。あまりお酒に強くない僕が言うんだから間違いない。芋焼酎にしては臭みがないし、女性ウケもいいんじゃないかな。

 

二宮: ラグビーW杯日本大会でのジャパンの躍進に期待しましょう。史上初のベスト8進出を果たした日には、こちら(リビング)で祝杯をあげましょう!

松尾: そうだね。ぜひ、仲間たちと遊びに来てください。それに今日はこれで仕事は終わりということで(笑)、『木挽BLUE』で飲み明かしましょう!

 

(おわり)

 

松尾雄治(まつお・ゆうじ)プロフィール>

1954年1月29 日、東京都生まれ。小学生の時からラグビーを始める。成城学園中・高と進学。高校1年時、ラグビーの名門校だった目黒高(現・目黒学院)に転校。2、3年時には全国大会に出場した。明治大に進学後、3年時にスクラムハーフからスタンドオフに転向。4年時には大学選手権、日本選手権を制した。76年に新日鉄釜石入り。78年度から84年度までの社会人選手権、日本選手権7連覇に貢献。82年からは同チームの監督も兼任した。日本代表キャップ数は24。司令塔として数々の名場面を演出し、「ミスター・ラグビー」と呼ばれた。85年の現役引退後はスポーツキャスターに転身。現在は、講演活動のほか、ラジオパーソナリティーなど、幅広いジャンルで活躍。ラグビーの普及、競技者の育成にも努めている。

 

(対談構成・写真/杉浦泰介)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回、松尾さんと楽しんだお酒は芋焼酎「木挽BLUE(ブルー)」。宮崎の海 日向灘から採取した、雲海酒造独自の酵母【日向灘黒潮酵母】を使用し、宮崎・綾の日本有数の照葉樹林が生み出す清らかな水と南九州産の厳選された芋(黄金千貫)を原料に、綾蔵の熟練の蔵人達が丹精込めて造り上げました。芋焼酎なのにすっきりとしていて、ロックでも飲みやすい、爽やかな口当たりの本格芋焼酎です。

 

提供/雲海酒造株式会社

 

<対談協力>
リビング
東京都港区西麻布4−22−10
TEL. 03-3498-0323

 

☆プレゼント☆

 松尾雄治さんの直筆サイン色紙を「木挽BLUE」(900ml、アルコール度数25度)とともに読者3名様にプレゼント致します。ご希望の方はこちらのメールフォームより、件名と本文の最初に「松尾雄治さんのサイン希望」と明記の上、下記クイズの答え、郵便番号、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)を明記し、このコーナーの感想をお書き添えの上、お送りください。応募者多数の場合は抽選とし、当選発表は発送をもってかえさせていただきます。締切は19年10月10日(木)。たくさんのご応募お待ちしております。なお、ご応募は20歳以上の方に限らせていただきます。

 

◎クイズ◎

 今回、松尾雄治さんと楽しんだお酒の名前は?

 

 お酒は20歳になってから。

 お酒は楽しく適量を。

 飲酒運転は絶対にやめましょう。

 妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。

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