週末、地下鉄での話。消費増税間近ということもあり、車内は大きな買い物袋をぶら下げた乗客たちで混み合っていた。

 

 とある駅で、同じように買い物袋をぶら下げた若い女性たちが乗り込んできた。ひとりの女性が不意に口にした言葉を聞き、私は吹き出しそうになってしまった。「あらっ、モール状態ね」。間違いなくラグビーW杯の影響だろう。

 

 よく政治の世界で使われる「登板」。言うまでもなく、これは本来、野球用語である。登板の「板」はピッチャーズ・プレート。すなわち投手がマウンドに上がることを意味する。

 

 それが政治の世界では、こうなる。<五輪相に鈴木氏再登板>。この4月、失言で辞任した桜田義孝前五輪相の後任として、鈴木俊一五輪相の同職への2度目の就任が決まった際の、いくつかの新聞の見出しである。

 

 野球用語は国会対策の場においても、しばしば使われる。たとえば、<与党の強引な国会運営を牽制するために高めのボールを投げた>。敢えてのめない要求を出すことで、与党の足を引っ張る――。そんな文脈で使われることが多い。

 

 1993年にJリーグがスタートしてからは、「イエローカード」や「レッドカード」といったサッカー由来の用語を、よく目にするようになった。

 

 実用例を引く。<塚田国交副大臣は、いわゆるレッドカード(一発退場)の失言であり、桜田五輪相はその前日にも「(被災地の宮城県石巻市を)いしまきし」と3回も言い間違えるなど、イエローカード(2枚で退場)だった様子がわかるのではないでしょうか。>(木村隆志/東洋経済オンライン2019年4月11日)

 

 著名人が自業自得の失態を演じて窮地に立たされたりすると<オウンゴール>(自殺点)などと揶揄されるようになったのも、サッカーがプロ化されてからだ。逆説的に言えば、専門用語の一般社会への普及は、その競技のメジャー化の証でもある。

 

 さて、ラグビーだ。「ノーサイド」や「スクラム」「タックル」といった言葉は既に一般社会でも広く使われているが、それに続く“大物”がしばらく現れなかった。果たしてW杯後には、どんな用語が市民権を得ているのだろう。それは日常生活へのラグビーの浸透度を計る上でのバロメーターともなる。

 

<この原稿は19年10月2日付『スポーツニッポン』に掲載されたものを一部再構成しました>


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