血走った目付きよりも、不敵な笑みを向けられる方が不気味だろう。

 

 ボクシングにおける黒人初の世界ヘビー級王者ジャック・ジョンソンほど白人に忌み嫌われたボクサーはいない。世界王座に就いた後で結婚した2人の女性はいずれも白人。1900年代初頭、黒人と白人の結婚はタブー視されていた。

 

 また白人ガールフレンドと旅行をした際には「マン法」違反で逮捕され、有罪判決を受けている。マン法とは<わいせつなどを目的とした女性の州間移動を規制するための法律>だが、もちろんガールフレンドは娼婦ではない。白人至上主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)から“処刑”を宣告されたこともある。

 

 肌の色以外にも、白人から忌み嫌われた理由がある。それは彼の金歯だ。白人たちをキャンバスに沈めて得たファイトマネーで金持ちのシンボルを身につけ、ニヤリと笑われては白人たちの憎悪は募る一方だ。

 

 スタンリー・ケッチェルとの防衛戦では、“暗黙の了解”を無視したポーランド系移民に、一度はダウンを奪われたものの、立ち上がりざま不敵な笑みを浮かべて襲いかかり、前歯をへし折って失神に追い込んでいる。金歯が放つ怪しい光は、ケッチェルにとって恐怖以外の何物でもなかったはずだ。

 

 こちらは金歯ではなく白い歯だが、同様に不敵な笑みをトレードマークにしているファイターがいる。K-1のリングを主戦場にする現K-1 WORLD GPスーパーフェザー級王者武尊だ。

 

 24日、横浜アリーナで約8カ月ぶりの復帰戦を白星で飾った。3回、村越優汰の連打を浴びると、白い歯がこぼれた。闘争心のスイッチが入ったのだ。KOこそ逃したが、雨あられとばかりのラッシュは、右拳骨折の後遺症を微塵も感じさせなかった。

 

 8カ月前には、これまで一度もKO負けのないムエタイ現役王者相手に2回KO勝ちを収めた。試合中、何度か笑みがこぼれた。「骨のある相手だとわかると、うれしくてしょうがない」のだという。「僕って変態ですかね」

 

 好戦的なスタイルを貫きながら、白い歯には一本の欠損もない。武勇を支える理知の何よりの証である。「五輪イヤーの来年、大きな格闘技の大会をやりたい。そして最強を証明したい」と武尊。笑う門には福来る――。

 

<この原稿は19年11月27日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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