(写真:鈴木からのエルボーを受けるLEONA)

 振り返って考えてみるとターニングポイントだったと気づくことがある。
 プロレスラーにとっての分岐点となる試合は、怪我からの復帰戦だろう。

 

 僕にとっては、デビュー6戦目の試合がそれにあたる。Uインターの旗揚げ戦で右足を骨折し、7カ月の欠場を強いられたのだが、その復帰戦のことは今でもはっきりと覚えている。場所は両国国技館。僕はこの試合で存在をアピールできなければ、今後自分には居場所がないという危機感を持ち、臨んだ一番だった。

 

 欠場中は、足を動かせない分、とにかく上半身の筋肉を徹底的に鍛え上げた。ベンチプレスを中心に筋トレをバンバン行なったのである。復帰した時に見た目から驚かせたかったのだ。それと並行して練習に力を入れたのが、掌底(張り手とは違い、手の底の固い箇所を相手に当てる攻撃)だ。掌底の動きに生かそうとマイク・タイソンをはじめボクシングのビデオを擦り切れるまで観て研究したのを思い出す。自分のアイデンティティを模索し、ガムシャラに動き続けた毎日だったのだ。

 

 その甲斐あって、復帰戦の結果は、初の外国人選手を相手に見事KO勝利を飾ることができた。相手選手に罪はないが、生き残りを賭け必死だった僕は、練習してきた掌底を無我夢中で繰り出した。強烈なインパクトを残すことに成功し、その日を境に掌底の連打が僕の代名詞的なムーブとなった。

 

 僕にとって復帰戦は、飛躍のきっかけになった思い出深い試合なのである。

 

 さて、1年3カ月という長期欠場から復帰したドラゴン2世ことLEONA選手に今注目が集まっている。あの藤波辰爾選手の遺伝子を受け継ぐ男が覚醒したら大変なことになる。長期欠場を境にどのように生まれ変わったのか、それを証明するのに相応しい対戦相手が用意されたのだった。

 

 なんと故ビル・ロビンソンの愛弟子・鈴木秀樹選手だ。実はLEONA選手もイギリスで同じルーツのランカシャースタイルのレスリングを学んでいた時期がある。国内でも高円寺にある格闘技ジム『スネークピット』で練習経験もあるだけに2人の試合はスイングすることが予想された。

 

 12月5日に開催のリアルジャパンプロレスの大会が、LEONA選手の実質的な復帰の舞台となった。
 リスタートにふさわしく第一試合にカードが組まれたのが何よりの証拠である。

 

「藤波ファミリーには森のプロレスでもお世話になったし、応援に行かないとね」
 僕は息子と2人で会場となる後楽園ホールに足を運び、生観戦したのだった。
「2人の身長差を技術面でどう埋めるか見ものだね」

 173センチと小兵のLEONA選手に対し、鈴木選手は191センチと長身なのだ。

 

 序盤は、お互いの力量を確かめ合うような静かな立ち上がりとなった。数分間、グラウンドのレスリングが続いたのだが、突然静寂を打ち砕くかのように鈴木選手がLEONA選手に強烈なストンピングをお見舞いした。その後も情け容赦のないエルボーが乱打されたのだから、見ていた観客もざわついた。

 

「グラウンドになった時に(LEONA選手が)ガードポジションを取った。それだけでなく、ピンフォールを狙われているのにうつ伏せにならない姿を見てから、(作戦を変更し)打撃のみでやろうと」
 鈴木選手のコメントからLEONA選手への落胆がうかがえる。おそらく同じルーツなら最低限のレスリングはできるだろうと期待を寄せていたに違いない。

 

「僕はロビンソン先生から背中をマットにつけ続けて闘うなという教えと、うつ伏せになったらすぐに四つん這いになって立ち上がるよう徹底的に指導を受けました」
 基本中の基本ができていなかったことに苛立ち、えげつない打撃で相手の目を覚まさせようとしたのかもしれない。

 

 それにしても一方的な試合展開に驚いた。何度もエルボーで喰らいつくLEONA選手に対し、一発の重いエルボーで返すという単調な試合内容となったのだ。相撲のかわいがりを彷彿させるような一面もあり、ここで意地を見せられないLEONA選手に対してもどかしさを感じている空気が会場を支配していた。

 

 試合から数日後、LEONA選手にこの時のエグイ攻撃の感想を尋ねてみたのだが、
「これまでも激しく厳しい試合ばかりでした」とさほど気にしている様子はなかった。

 

 僕は更に突っ込んだ質問をするしかなかった。試合後に鈴木選手が「プロレスを辞めろ」と厳しい発言が飛び出したのだが、これについて触れてみることにした。いま現状に目を背けてしまっては将来がないと思ったからだ。

 

 LEONA選手は果たして、鈴木選手の発言をどう受け止めたのだろうか?
「悔しさはもちろんあります。あの日、僕は間違いなく(自分に)負けました。その事実に対しての向き合い方。その部分がとても大切だと考えています」

 

 あの試合を体験し、いま自分に何が必要だと思っているのだろうか?
「4年半のどこかのタイミングでしまい込んでしまっていた“はじまり”をもう一度見直すことだと考えています」

 

 う~ん、正直むき出しの感情を期待していたのだが……。もしかするとあの試合を消化するのにもう少し時間が必要なのかもしれない。
 あれほどの劇薬を投与されたのだから、そのうち何だかの形で表現する日がきっと来るだろう。

 

 最後に2世としての喜び、苦しみを言葉にしてもらった。
「僕は2世というものは、実はつらいことではないと考えています。どんな分野においても比較されて絶え間なく批評にさらされる。これは僕の26年間の人生でも嫌というほど実感しました。小さな頃から逃げ出したいと思ったことも何度もありました。
 ただ、一つ一つの事柄に時間をかけて正面から向かい合い、理解して乗り越えてきたという自負があります。僕に限らず、誰しもが誰かの2世。僕の場合はたまたまプロレスラーの息子として生まれてきただけ。同世代の友人を見渡しても皆それぞれの形で親の背中を追いかけています。そこで感じるのは、僕は僕だけの人生を歩んでいるということです。
 2世として生まれるということは、より多くの人に出会うチャンスに恵まれるということ。他人の人生を批評することはとても簡単です。ただ、僕は人に喜びと幸せを与えることを選べるようになりたいと願っています。そうすれば、より多くの人たちと喜びを共感できます。
 だから2世という人生は、決してつらいものではなく、チャンスに恵まれたラッキーなものだと考えています」

 

 26歳の若さと藤波ブランド。純粋培養されたLEONA選手が、あの日の試合をターニングポイントに大化けしてくれることを期待している。

 

(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)


◎バックナンバーはこちらから