(写真:ジョシュアを倒したルイスがリング上で跳ね回ったシーンは2019年最高の名場面だった Photo By Ed Mulholland/Matchroom Boxing USA)

 今年度下半期のボクシング界では好ファイトが頻発し、Fight of The Year(年間最高試合)もハイレベルの争いとなっている。

 

 まだトニー・ハリソン(アメリカ)対ジャーメル・チャーロ(アメリカ)の再戦、村田諒太(帝拳)対スティーブン・バトラー(カナダ)、ジャーボンテイ・デービス(アメリカ)対ユーリオルキス・ガンボア(キューバ)といった主要カードが残ってはいるが、全米ボクシング記者協会(BWAA)はすでに年間最高試合候補として6試合をノミネート。今回はこの6戦の内容と状況を改めて見つめ直し、2019年のボクシング界を振り返っていきたい。

 

 世界に衝撃を与えた一戦

 

・6月1日、ニューヨーク

○アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ) 7回TKO ●アンソニー・ジョシュア(イギリス) 

 

 世界的なインパクトを引き起こしたという点では、殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンで行われたこの一戦に勝るファイトはない。

 

 プロ入り後も連勝を続けてきたロンドン五輪の金メダリストが、直前に起用された代役挑戦者にまさかのストップ負け。小太りのメキシコ系ファイターが、3回に奪われたダウンを跳ね返し、筋骨隆々の王者を4度も倒して挙げたKO勝利は衝撃的だった。

 

 この大番狂わせを成し遂げて以降、ルイスは短期間ながら業界の範疇を超えた人気を得るに至る。試合を中継したDAZNの知名度を引き上げることに成功。何より、長く低迷が続いていたヘビー級に新たな活気をもたらしたという点でも、ルイスの頑張りの意味は大きかった。

 

 12月、サウジアラビアで開催された再戦では、ルイスはさらに増量した身体で現れ、精彩なくジョシュアの前に判定負け。シンデレラ物語はとりあえず1戦きりで終わってしまったのは残念ではあった。それでもヘビー級の威光と衝撃度が評価され、今戦を年間最高試合に選ぶ関係者は少なくないはずだ。

 

・7月20日、ラスベガス

○マニー・パッキャオ(フィリピン) 12回判定 ●キース・サーマン(アメリカ)

 

(写真:40歳という年齢を感じさせないファイトでサーマンを下したパッキャオ<右>の活躍も今年を語る上で忘れられない Photo By Stewart Cook/FOX Sports)

 やはりパッキャオが元気な方がボクシング界はより華やかになる。40歳のレジェンドが、10歳も若いサーマンからダウンを奪っての明白な判定勝ち。もちろんもう全盛期はとうに過ぎていても、MGMグランドガーデン・アリーナの大舞台でその千両役者ぶりは際立った。

 

 特に印象的だったのは、中盤以降に追い上げられたパッキャオが、10回に再び見せ場を作ったこと。やや雲行きが怪しくなったところで、左ボディでサーマンにダメージを与えて決定的なポイントを奪った。

 

 その勝負強さとともに、常にエキサイティングなパックマンがファンに愛された理由を改めて思い出したファンは多かったに違いない。また、試合後には初黒星を喫したサーマンが悪びれずにパッキャオを賞賛。様々な意味で極めて後味が良かったことでも印象深いビッグイベントだった。

 

 PBCトップ選手による真っ向勝負

 

・9月28日、ロサンゼルス

○エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ) 12回判定 ●ショーン・ポーター(アメリカ)

 

(写真:ポーターとの対決を制し、本来ならスペンス<右>は来年の主役になるはずだったが・・・・・・ Photo By Frank Micelotta/FOX Sports)

 LAのステイプルスセンターに1万6000人以上の観衆を集めて行われたウェルター級のエリート対決。中盤までは互角に近い戦いだったものの、11回に決定的なダウンを奪ったスペンスが最後は明白な判定勝ちを収めた。

 

 2カ月前のサーマン対パッキャオ戦同様、これまで傘下の潰し合いに消極的だったPBCのトップ選手たちが演じた真っ向勝負。技術的にはややスロッピーな面もあったが、強豪対決の醍醐味を十分に感じさせる肉弾戦だった。実力者同士の戦いは好ファイトになり、ファンにも支持されることを分かりやすい形で示したという意味で、価値のあるバトルだったと言っていい。

 

 ここで階級最高級の選手であることを証明したスペンスは、さらなるビッグファイト路線に乗り出すことが計画されていた。来年1月25日に予定される次戦ではダニー・ガルシア(アメリカ)の挑戦を受けることが内定。同時にテレンス・クロフォード(アメリカ)との最終決戦がPBC、トップランクの上層部で話し合われ、ウェルター級スターウォーズはクライマックスに突入する予感を感じさせ始めていた。

 

 ところが――。

 今が旬のはずのスペンスは、10月にフェラーリで横転する派手な交通事故を起こしてしまう。直後には奇跡的に軽傷だったと伝えられたものの、以降のスペンスは公に姿を表さなくなってしまった。

 

 一部では内臓に影響が見つかったという真偽不明の噂も流れるなど、今後は宙に浮いたまま。現役最高級のタレントはいったいいつ復帰できるのか。リングに戻れたとして、かつてのように戦えるのか。スペンスのコンディションは2020年最大級のミステリーとなりそうだ。

 

 2人の“勝者”が生まれたファイト

 

・10月5日、ニューヨーク

○ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン) 12回判定 ●セルゲイ・デレビャンチェンコ(ウクライナ)

 

(写真:実力者のデレヴャンチェンコに敗北寸前の大苦戦を味わったゴロフキン<右>。2020年中の落城を予想する声も少なからずある Photo By Amanda Westcott / DAZN)

 戦前はゴロフキンの優勢という見方が圧倒的で、初回に右フックをテンプルに決めてダウンを奪った際にはそのまま押し切るかと思えた。しかし、デレビャンチェンコも3回以降はボディ攻撃で反撃。5回終盤には左ボディフックをレバーに浴びたゴロフキンが身体を丸めるという予想外のシーンに、GGGファンが多かった場内は騒然となった。

 

 その後、両者は強打を応酬し合う大激戦を展開。特に10回は力を振り絞った2人がビッグパンチを交換し、年間最高ラウンド候補になりそうなドラマチックな打ち合いでMSG大アリーナを熱狂させた。

 

“GGGは負けていたのではないか”。試合終了後、そう感じながら判定がアナウンスされるのを待ったファンは多かったことだろう。結局は僅差の判定でなんとかサバイブしたものの、37歳になった老雄が確実なスローダウンを露呈したファイトでもあった。激闘とは、往々にして片方が最高のコンディションでないときに生まれるもの。MSGを沸かせた一戦は、ゴロフキンにとっての“本格的な終わりの始まり”として記憶されていくかもしれない。

 

・10月26日、ロンドン

○ジョシュ・テイラー(イギリス) 12回判定 ●レジス・プログレイス(アメリカ)

 

(写真:テイラーとの打撃戦に敗れても、プログレイスのスター性に大きな傷はついていない Photo By Team Prograis)

 個人的には、今戦よりも、この連載コラムで前半戦の最高試合に選定した5月11日のジャレット・ハード(アメリカ)対ジュリアン・ウィリアムス(アメリカ)戦がノミネートされるべきだったと考える。それでもフレッシュな米英対決が、素晴らしい内容のファイトだったことにも疑問の余地はない。

 

 2人の実力派サウスポーは小気味良いミックスアップを続け、ロンドンのO2アリーナに集まったファンを熱狂させた。バイタリティと地の利で上回ったテイラーが、予想では有利と目されたプログレイスに正当な判定勝ち。この勝利でワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)のスーパーライト級を制したテイラーは、16戦目にしてパウンド・フォー・パウンドでもトップ10候補と目されるほどの評価を勝ち得ている。

 

 試合後、「アメリカ開催だったら勝敗は分からない」といった声も少なからず挙がり、プログレイスの評価もほとんど落ちなかった。優れたマッチメイクは、2人の“ウィナー”を生み出すことを証明した戦いでもあったのだ。

 

 第1シーズンのクルーザー級を制したオレクサンデル・ウシク(ウクライナ)に続き、WBSSはテイラー、プログレイス、後述する井上尚弥と、第2シーズンでも人気階級とは言えなかったクラスのトップ選手を全国区に押し上げた。運営面で不満の声も多くとも、好カードを連発するWBSSの功績は小さくない。世界中のマニアが来年以降の継続を願っていることだろう。

 

 筆者選定の年間最高試合

 

・11月7日、さいたま

○井上尚弥(大橋) 12回判定 ●ノニト・ドネア(フィリピン)

 

(写真:井上尚弥を相手に予想を覆すほどの健闘をみせ、ドネアの評価は再び上がった)

 この試合に関して、日本のファンに改めて説明する必要はないはずだ。“新旧対決というストーリーライン”“ドラマチックな展開”“終盤のハイライト”といった歴史的ファイトに必要な多くの要素を備え、スキルレベルも最高級。2人の王者が対峙した崇高な12ラウンズは忘れがたく、“Drama in Saitama”というキャッチーなキャッチコピーも生まれた。

 

 大げさではなく、世界中のすべてのボクシングファンに「見てくれ」と差し出したいほどの名勝負。2019年には数多くの好ファイトが生まれたが、その中でも筆者は今戦こそが年間最高試合だったと考えている。

 

 試合後、トップランクは井上との複数年契約を発表。“モンスター”の国内卒業ファイトとしても、ドネアとの激闘は申し分ない内容だった。

 

 これは余談だが、井上のアメリカでの商品価値に関して、どうも母国のファンの方が手厳しい印象もあり、次戦でのラスベガス進出にも妙に悲観的な声が聞こえてくる。ただ、アメリカのコアなファンは間違いなく軽量級の新怪物の来襲を歓迎している。

 

 来春にベガスで予定される契約初戦が興行的に成功しなかったとしても、井上との契約が失敗ということにはならない。目先の利益に飛びつくのではなく、長期的視野で売り出すための複数年契約。長い目で外国人選手を育てる能力に長けたトップランクは、勝算のない博打など打たないはずだ。

 

 井上も遠からずうちに呼び物の一人に成長させられるかどうか。百戦錬磨のボブ・アラムと、その仲間たちの手並みを改めて拝見といきたいところだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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