サッカー元日本代表DFで「闘将」と呼ばれた男が現役引退を発表した。J2京都サンガの田中マルクス闘莉王である。

 

 

「心の中の炎が消えかかったら、年齢に関係なく引退しよう。去年の終わり頃から、そう考えていました」

 

 ケガに泣かされたシーズンだった。最終戦の柏レイソル戦、自陣のコーナーキックの際、味方と接触して鼻骨を折った。鼻からの多量の出血を見たドクターは、プレー続行は困難と判断したが、本人がそれを制止する一幕もあった。

 

 闘莉王といえば、国外開催のW杯で、日本が初めて決勝トーナメントに進出した2010年南アフリカ大会での奮闘が忘れられない。

 

 本大会前の岡田ジャパンは、どん底の状態だった。ホームでセルビアに0対3、韓国に0対2と連敗していた。

「悪い流れを変えなくてはいけない!」

 

 選手だけのミーティングを提案したのは、チームキャプテンの川口能活だった。

 

「チームを勝たせるためには、どうすべきか。まず皆が同じ方向を向かなければならない。その第一歩として、自分たちだけでミーティングをやろうと……」

 

 スイスのキャンプ地ザースフェーの宿舎。口火を切ったのは闘莉王だった。

 

<俺たちはヘタくそなのだから、泥臭くやらないといけない>(自著『大和魂』幻冬舎)

 

 熱弁は続く。

<考えてみろよ。俺らの中で一番うまいのは(中村)俊輔さんだ。でも俊輔さんでも、世界中を見渡してみれば、それほどでもないんじゃないか? これからワールドカップで戦う相手と比べれば、それほどでもないんじゃないか?

 

 カメルーンにはエトーがいる。オランダにはファンペルシやスナイデルがいる。あいつらは一発で試合を決める力の持ち主だ。俊輔さんがあいつらと同じレベルで試合を決められるだろうか? そうじゃないだろう? みんなでやらなきゃだめなんだ。

 

 俺らはもっと走って、もっと頑張っていかないとだめだ。コツコツやらないといけない。日本らしいスタイルとか、パスを回すとか、もちろん理想は大切だけど、ヘタくそはヘタくそなりに泥臭くやんないと、必ずやられる。>(同前)

 

 初戦のカメルーン戦に1対0と勝利した岡田ジャパン。続くオランダ戦は0対1と惜敗したが最後のデンマーク戦に3対1で勝利し、決勝トーナメントにコマを進めたのである。

 

「岡ちゃん、ごめんね」

 

 この直後、ツイッターなどに岡田武史監督への謝罪コメントが溢れた。それを演出したのが闘莉王だった。

 

 闘莉王はDFながら得点力を買われ、前線で起用されることもしばしばだった。DF登録の選手として、Jリーグ史上初となる通算3ケタ得点(104得点)を記録している。DFとFWをかけ合わせた“DFW”という用語は、彼のためにつくられたものだ。

 

 今後について問われた闘莉王は「とりあえず、ブラジルに帰ってたくさんビールを飲んで、たくさん肉を食べたい」と茶目っ気たっぷりに語った。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2019年12月22日号に掲載されたものです>

 


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