米国で取材した2つの五輪の風景は、大会中と大会前のテロにより、明らかに他の五輪とは異なるものだった。

 

 市内センテニアル公園の屋外コンサート会場でパイプ爆弾による爆破事件が発生したのは、アトランタ五輪が開幕して8日目の午前だった。私は市内のホテルに投宿していた。

 

 犯人は元米軍兵のキリスト教原理主義者。爆発物の中には無数の釘が仕込まれており2人が死亡、111人が重軽傷を負った。

 

 犯人は人工中絶や同性愛者を憎んでおり、政府は狂信者による「次なるテロ」への警戒を強めた。この日を境に市内のあらゆる公園は封鎖され、競技会場付近は厳戒態勢が敷かれた。撤去されたはずのゴミ箱が目に入ると、もうそれだけで身震いしたものだ。

 

 その6年後のソルトレークシティー冬季五輪は、開催すら危ぶまれた。前年の9月11日、米国は未曾有の国難に見舞われる。死者約3000人、負傷者6000人以上。アルカイダによる米中枢同時テロである。

 

 私はロサンゼルスを経由してソルトレークシティーに入った。空港では時限爆弾のリモコン起爆装置に転用される恐れがあるとの理由で、危うく商売道具の携帯電話まで分解されそうになった。メディアバスの窓には狙撃対象にならないようにと黒い網が張られていた。まるで囚人護送車のようだった。

 

 一部に「やり過ぎ」との声もあったが、何かが起きてからでは遅い。幸い、五輪期間中にテロは発生しなかった。

 

 暮れに飛び込んできたニュースは、その人物の逮捕に輪をかけて衝撃的だった。保釈中の日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告がプライベートジェットを利用して、関西空港からトルコのイスタンブール経由でレバノンに“逃亡”したというのである。どうやって行政当局の監視の目をかいくぐったのか。音響機器の運搬に使う大型ケースに身を隠していたというのだから驚く。まるで昔見たスパイ映画のようだ。

 

 私見を述べれば、弁護士も同席できない日本の取り調べは、人権の面からも問題ありと考える。早急に改善すべきだ。しかし、だからと言って、逃亡が看過されていいはずはない。ゴーンと同じ手を使えば、密入国、密出国も容易にできるのではないか、との疑念が湧く。五輪まで、あと半年。テロ対策は大丈夫か……。

 

<この原稿は20年1月8日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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